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魚心あればときめく心 8

「歩けんならこっち来い」 「は、はいっ」  あまりに現実的じゃない光景に呆然としていたけれど、呼ばれて我に返った。  そして慌ててベッドを下りようとして、今さら自分が全裸だということに気づく。さすがにこのままはよろしくない。とりあえず巻いてもらっていたバスタオルを腰に巻き直し、素早くヒバリさんのもとへ向かった。 「よろしくお願いします……」  本当にいいのかと躊躇いつつも、ソファーに座ったヒバリさんの足の間に座る。するとヒバリさんはふざけることもなく、本当にドライヤーで俺の髪を乾かし始めた。  なにこの彼氏っぽいの。え、どうしよう、すごい彼氏っぽい……!  あまりのことに動揺して体が硬直する。  いや、今まで彼氏にはされたことはないし、ヒバリさんは彼氏ではないけれど。でもドラマとかでイチャイチャしているのは見たことがある。  こんなの勘違いしてしまう。こんなことされたら、まるで付き合っている気になってしまうじゃないか。 「あ、えっと、そういえばヒバリさんはどこに行ってたんですか?」  時たま髪に触れるヒバリさんの手の感覚に集中してしまいそうになるのを誤魔化すため、声を張り上げて問う。  俺が帰ってきたときは家にいなかった。普段からまったく出かけないわけじゃないけど、それでも家でごろごろしている方が多いから珍しいと言えば珍しい。  どこへ行ったんだろうという何気ない疑問。 「あ? ああ、食事」  それにヒバリさんも何気なく答えてきて、あまりの呆気なさに聞き間違いをしたのかと思った。ドライヤーの音のせいで、なにか間違った響きになったんじゃないかと。 「え!?」 「お前いなかったし、たまには別の味も欲しかったから」 「そう、ですか……」  しかし続いた言葉は俺の思った通りの意味で、返す声が弱く消えた。  どうやら俺はエサとしての価値さえ自分で落としてしまったらしい。  つい先日レベルアップしたと思ったのに、ちょっとタイミングを逃したせいでヒバリさんの牙が誰か別の人に刺さってしまった。  そりゃあもちろんヒバリさんはかっこいいし、一夜限りの相手とともに吸血させてくれる人間も簡単に見つかるだろう。傷もすぐ治る上に、なにかあったら暗示の力がある。食事なんて容易いものだ。  それはわかってるけど、俺のところに来てからは俺からしか吸っていなかったのに。  そのことにひそかに優越感を覚えていたというのに、ヒバリさんからしたら本当にエサの一人に過ぎなかったんだ。吸いたいときにいなかったら、別の相手で替えが利く程度の。  浮かれていたのはやっぱり俺一人だったのか。 「……ねえ、ヒバリさん。たとえばの話ですけど、もし俺に彼氏ができたらどうします?」 「なんだよ唐突に」  思った以上に丁寧にドライヤーをかけてくれるヒバリさんを振り向かず、今日あった出来事を思い出す。  もしクライスさんのことを受け入れて、付き合うようになったら。  そのときヒバリさんはどう思ってくれるのか気になった。 「彼氏って、お前男の趣味悪いからなぁ」 「なんでそんなこと断言するんですか」 「俺を選んでる時点でお察しだろうが」  まるでなにもかも知ってるかのように断言されて、図星ではあるけれど少しむっとして肩越しにヒバリさんを見る。すると笑いながらまた頭の位置を戻された。 「吸血鬼を自分の家に住まわせて、血吸われて喜んでるって、趣味悪い以外にないだろ」 「だってそれはヒバリさんの顔がめちゃくちゃいいから……」 「今まで顔で選んで得してきたか?」  牙と同じくらいの鋭さでズバズバ切り込まれて思わず呻く。  顔がいい男が好きなのは、幼少の頃からだから今さら変えようがない性癖だ。でもそれで得したかと言われれば胸が痛い。顔で選んだ結果、碌な男と付き合っていないというのは、自分だってわかっている。  だからこそクライスさんにあんな風に言われて、俺だって戸惑っているんだ。まともな人と付き合ったことなんてないし、ヒバリさんがいるのに他の人のところに行くのはどうなのかって。 「どうするって言われても。とりあえず変な男にヤられて味が落ちたら困るから、審査はするかな」 「審査?」 「ここに連れ込めよ。俺が確かめてやる」 「確かめるって」 「ちょっくら暗示かけてあれこれ喋ってもらえば簡単だろ」  審査というか操作というか、それはもう取り調べじゃないだろうか。  もしクライスさんを連れてきたら、暗示をかけて本意を聞き出すのだろうか。そして認められたらクライスさんと付き合いながらヒバリさんに血を吸われるということ?

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