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魚心あればときめく心 9
「睦月の体は俺の体だからな。悪い虫がついたら困る」
ドライヤーのスイッチを切って、最後に乾いた髪を手櫛で整えてくれるヒバリさん。
言葉通りの意味だとしても、そんな言い方をされて喜んでしまう自分が悲しい。
でもそれってつまり、俺に恋人がいてもいなくてもどうでもいいってことじゃないか。俺が恋人を作ろうが作るまいが、ヒバリさんとの関係は変わらないということ。
「ほら終了。……なんだよ」
「ヒバリさんに噛んでほしい」
後ろを向き、ソファーに手をかけ伸び上がるようにしてヒバリさんと距離を詰める。
「ばーか。大人しく寝ろよ」
「じゃあ抱いてほしい」
エサとして求めてくれないのなら、違う意味で求めてほしい。そうじゃないと俺の価値がない。
「なんだよ、溜まってんのか?」
だけどヒバリさんは笑って茶化すだけでベッドに行く気配も雰囲気もない。
「俺、そんな魅力ないですか」
ソファーに座ったヒバリさんに跨るようにして向かい合う。
ヒバリさんに血を吸われると、まるでセックスしてるみたいな感覚に陥る。それぐらい気持ち良くて、求められている快感に浸れるんだ。今はそれが欲しい。
「そうだな……じゃあ」
ここまで迫ったら、せめて血は吸ってくれるんじゃないかと期待したけれど、ヒバリさんは予想外の行動に出た。
「えっ、あ、え?」
「言ったろ。お前の体液ならなんでもいいって。抜いてやるよ」
体の間に滑り込んだ手が、俺自身を包む。そして輪を作るようにして軽く握り込むと、上下に動かし始めたんだ。
「溜まってるもん出したらすっきりするだろ」
「え、あ、やだ、それはダメ……っ」
突然の刺激に逃げる腰を抱き寄せられ、なおも扱く手が早まる。
卑怯すぎる。まさかこんな手に出られるとは思わないじゃないか。しかも腰を引き寄せる手は力強く、少しも逃がしてはくれない。
「なにを今さら」
「だって、それは恥ず、かしい……あっ、あ」
「しっかり感じてるくせに」
抱いてほしいとは思ったし、吸血の際の痴態は散々見せてきた。だけどこれは違う。別種の恥ずかしさだ。
どれだけ気持ちが抗っても体が屈するのは早く、ヒバリさんの動かす手に合わせてくちゅくちゅとぬめった音が響くのにそう時間はかからなかった。
跨っていた足に力が入らなくなりヒバリさんの上に座り込むと、その体に抱きついて身を任せることしかできない。
「アッ、ひあ、あ、ぅ……」
「抜くだけだからそんな力入れてんなよ」
むしろこれが前戯だったらどれだけいいか。単純に俺一人だけが扱かれてよがっている状況なんて恥ずかしすぎてたまらない。
「ふあ、あ、い、イく、イっちゃう、あ、ヒバリさん……っ」
「ん、そのまま出しな」
「ひっう……ッ!」
気持ちいいものは気持ちいいんだ。しかも予想外の展開に、頭がついていく前に体が負けてしまった。
嫌がっていたのが恥ずかしくなるくらいあっという間に達して、ヒバリさんの手の中にみっともなく欲を吐き出してしまう。
しかもヒバリさんは俺のもので濡れた手を見せつけるように舐め、これで終わりとばかりに俺をその場に寝かせた。その上でバスタオルまでかけられて、完全にその気がないことを教えてくれる。
「……このまま抱いてくれないんですか」
「無理」
本当に血に代わる代替の食事だけで終わらせたヒバリさんに、恨みがまし気に視線を送る。だけどその視線さえ断つように、きっぱりとヒバリさんは言い切った。
「お前を抱くのは絶対無理だから。そういうの、ありえない」
わかりやすく丁寧に。可能性のなさをしっかり言葉にして、ヒバリさんは俺との間に先に続く関係ができないことを告げた。
ただでさえけだるい体が、一気に用なしの重さで沈み込んでいくような気がした。
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