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飛んで火に入る夜のエサ 1

 あの後、ぐるぐると色んなことに頭を悩ます俺をよそに、ヒバリさんは変わらぬ様子で日々を過ごしていた。  それがまた俺を悩ませる。  普通、あんなことがあったらどこの方向にせよ態度が変わる。知り合いでも友達でも知らない人でも、とにかく変わらないはずがない接触だった。  それなのに変わらないってどういうこと?  避けるわけでもなくくっつくわけでもなく、出方を窺ってびくびくしている俺がバカみたいにヒバリさんは変わらない。  本当にヒバリさんにとっては吸血の代わりでしかなかったのか。  何度考えてもその結論に至って気分が落ち込む。 「そういえばクライスさん、来ないですね。仕事忙しいんですかね?」  そしてそれと同時に俺の頭を悩ませるのがその人。  ピークの時間を過ぎてお客さんの波が落ち着いたタイミングで、芦見ちゃんがテーブルを拭きながらそんなことを呟いた。その名前に小さく体が跳ねる。  クライスさんとデートという名前の食事に行った後、クライスさんはまだ店を訪れていない。  元からそこまで頻繁に来ていたわけじゃないからおかしくはないんだけど、なんとなく俺のせいなんじゃないかと思ってしまう。自意識過剰であることはわかっているんだけど、気にせずにはいられない。  ……本気なんだろうか。  芦見ちゃんがかっこいいと言って積極的に接客していたのは知っているし、俺もかっこいいとは思っていたけど、常連さんとはいえ接点はそう多くない。それなのにどうして俺なんだろう。 「芦見ちゃんは、クライスさんのことどう思ってるの?」  なんとなく気になってふわっとした疑問を投げかけると、首を傾げた芦見ちゃんのポニーテールがぴょこんと跳ねる。  隅まできっちりテーブルを拭きあげて、それから考えるように腕を組んだ。 「どうって……かっこよくてお金持ってて紳士っぽくて、将来こういう玉の輿に乗れたらいいなって思います」 「将来?」 「はい。もうちょっと大人になってから目指します」  ぐっと拳を握って強い意志を示す芦見ちゃん。  よくコミュニケーションを取っていたし、雰囲気も合っている気がする。確かにクライスさんは大人だけど、今ではないのだろうか。 「だって、たとえばこっちからアタックして応えられたらそれはそれでやばくないですか? 女子高生に手出そうとする大人の男とか、どんなにかっこよくてもダメだと思うんですけど」 「まっとうだ……」 「しかもそういう人って、何度も繰り返すと思うんです。きっと何年経っても女子高生に手出し続けると思うんですよ。それは嫌なので、分別は持っててもらわないと」  至極常識人な意見に深く感心してしまった。  もしかしたら俺たちの中で一番芦見ちゃんが大人なのかもしれない。 「そうそう、ダメと言えば聞いてくださいよマヨさん」 「なに?」  ダメと言う単語で話題を広げるのはどうだろうと思ったけれど、とりあえず相づちを打つ。お客さんがいない時の店内は、手さえ動かしていれば割と自由だ。 「今大学生になって一人暮らししてる先輩がいるんですけど、その先輩が10コくらい上の美容師さんと付き合ってて。その彼氏がすぐ仕事辞めちゃう人で、段々先輩の家に入り浸ってきたっていうんです。しかも家事やるからお小遣いくれとか言い出したって! それって絶対やばいじゃないですか。ヒモですよヒモ」  聞きやすい早口で勢いよく喋る芦見ちゃんのその言葉に、思わず悲鳴を上げそうになってしまった。致命傷ではないけれど、だいぶ傷が深い。  家事をやった分お小遣いをくれと、わざわざ言うだけ可愛いじゃないか。という目線が真っ当じゃないことは俺にだってわかる。わかっていたからってままならないことが世の中にはたくさんあるのだ。 「いくらちょっと顔がかっこいいからってヒモはダメだと思うんです。でも人の彼氏のことにあんまり口出せないですし」 「はい、すみません……」 「なんでマヨさんが謝るんです?」  そっと胸を押さえる俺を不思議そうに見る芦見ちゃんは本当に真っ当な感覚の持ち主で、ぜひそのまままっすぐ育ってほしいと思う。 「いや、そんな男はダメだよなと思って」 「そうですよね。やっぱりダメですよね。今度会ったらちゃんと話聞いて、言ってみます。それはヒモだしそんな男はダメですよって」 「うぅ……うん、そうだね」  先輩の立場である俺にはなにも言えない。  ただ、その状態が外から見て「やばい」のだという事実だけはしっかり受け止めよう。  まるで刃物で作ったブーメランだ。自分の言葉にさえ傷ついて、泣きそうになりながらずたずたの胸を押さえる。

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