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闇夜に提灯 1

 次の日、いくら体がだるくてもいつも通りの時間に出勤。日の当たっている時間なら危ない吸血鬼は寝ているということを知っているから気は楽だ。  そしてありがたいと言っていいものか、一日を通して目の回るほどの忙しさではなかったため、仕事上はミスなしで過ごせた。裏で多少ふらつきはしたものの、ある意味慣れているおかげでそこまでの影響はなかった。  それでも若干顔色は悪かったのかもしれない。大守さんの作ってくれたまかないは妙に豪勢で、しかも貧血に効きそうなものばかり。申し訳なくもありがたく、そして美味しくいただいた。  そんなこんなで一日しっかり働き、店を閉めた後の時間。  いつものルーティンをこなし、チェックを終えてさて帰ろうとした時のことだった。  バタン、とドアを閉める音が響き、一足先に外に出たはずの柳さんが戻ってきた。 「柳さん?」  閉めたドアに背中を預け、気持ちを落ち着かせるように荒い呼吸を繰り返している柳さん。明らかに様子がおかしい。 「なにか、すごいものを見た……」 「すごいもの?」  お化けでも見たような口調で告げる柳さんはふざけている様子ではない。心なしか外のものが入ってこないようにドアを押さえているようにも見える。 「あれはなにかものすごいモノノケの類だ」 「もののけ、とは」  あまり口にしたことがない単語に、なにも実感がわかない。だけど柳さんは足元を見つめたまま首を振っている。  信じられないものを見たと全身で訴えているけど、一体なんだと言うんだ。 「絶対人外に違いない。魔に魅入られるとはこういうことか……だからイケメンが恐いんだ」 「一体なにを見たんです?」  ぶつぶつとなにかを呟いている柳さんに焦れて率直に問えば、そこで初めて俺を見た柳さんが唾を飲み込んでから改めて口を開いた。 「店の外にものすごいイケメンがいる」 「……まさか」  元から「イケメン恐い」と言ってクライスさんから逃げていた柳さんが、それ以上に恐れるイケメン。  それを聞いて、ただ一人の顔しか思い浮かばずに柳さんを押しのけ外に出る。 「ヒバリさん!?」  そんなわけないのに、そこにいたのは見間違えるはずのないヒバリさんだった。  向かいの店のシャッターに背を預け、つまらなそうにこちらを見ている。 「え、ど、どうしたんですか?」  一体なにがあったのか、周りを見回しても特になにもない。そしてヒバリさんにも慌てた様子はない。  つまり緊急事態でもないのにここにいるわけで、その理由はと思い浮かぶものは信じられなくても「俺」しかない。 「も、もしかして心配して迎えに来てくれた、とか……?」 「まさか。たまたま来る用があっただけ。偶然」  まさかの可能性を恐る恐る口にしてみれば、軽く笑われ肩をすくめられた。  だけどヒバリさんは反動をつけて寄りかかっていたシャッターから体を離すと、こちらへ近づいてきた。どうやら、もしかしたらがもしかしたらだったらしい。  それだけ俺が危なっかしく思えたのかもしれない。それでも俺のためにヒバリさんが来てくれたという事実がたまらなく嬉しい。どうしよう。また無駄な希望を抱いてしまいそうになる。  落ち着け。まだ店の前だ。変なことを言ってはまずい。  そうやって意識したのは、ドアの隙間から覗いていた柳さん。 「マヨくんの知り合いだったのか……。変なこと言ってごめん」 「いえ、いいんです。イケメンには違いないし」  こちらも恐る恐るといった感じに見ていた柳さんがすまなそうに謝ってくるけれど、言っていることは間違っていない。  人外というのも当たってるし、そもそもクライスさんのことも恐がっていたし、もしかしたら柳さんはものすごく人を見る目があるのかもしれない。俺なんかより、よっぽど。 「というか、ほんとになんで……」 「ヒバリ」  どうにも現実感がないヒバリさんの登場に、首を傾げる俺の後ろから声が割って入る。当たり前に名前を呼んだのは、店の中から現れた大守さんだった。

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