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闇夜に提灯 2
「二人分の飯」
「どうも。こいつにツケといて」
そして袋をヒバリさんへと突きつけ、それをやっぱり当たり前のように受け取るヒバリさん。
あまりに不思議な光景に、今度こそ唖然としているとさっさと歩きだしたヒバリさんが面倒そうに俺を振り返った。
「おら、行くぞ睦月」
「は、はい! あの、じゃあ、お疲れさまでした、また明日っ」
我ながら忠犬レベルの反応だ。
よくわからないけど応えて、二人に頭を下げてから慌ててヒバリさんを追う。
きっと明日柳さんから色々聞かれるはずだ。いや、もしかしたら逆に気を遣ってなにも聞かないかもしれない。
銀色の髪だけでも目立つ、人外レベルのかっこよさのヒバリさんが突然来たんだ。俺だってその理由を聞きたい。
「ヒバリさんっ、いつの間に大守さんと知り合ってたんですか」
「別に言うほど知り合いじゃねぇよ。つーかどうでもいいだろそんなこと」
少し歩いて二人から離れたところで、直近で気になる疑問を投げかけてみる。
大守さんは普通に名前を呼んでいたし、そもそもヒバリさんがなにか頼んでいたみたいだし。一体いつからのどういう知り合いなんだ。
ただヒバリさんは答えるのが面倒なのか、俺に袋を押し付けて足早に先を行ってしまう。
「ヒバリさん?」
「うるせー」
言葉のわりにはきつい言い方ではないけど、答えないという意思だけは明確に伝わってきた。
意外な関係性をもう少し詳しく聞きたいところだけどこのまま素直に話してくれそうにない。まあどうしても聞きたかったら大守さんに聞いてみればいいか。
それより大切なのは今この時だ。
だってヒバリさんがそこにいる。
「わかりました。もう聞かないからもうちょっとだけゆっくり歩いてください」
「……」
袋をぶら下げつつ声をかけると、ヒバリさんはなにも言わずに歩調を緩めてくれた。
体調が悪いと思ったのかもしれないけれど、そうじゃない。せっかくヒバリさんが来てくれたんだから、単純に少しでも長くこの時間を堪能したかっただけだ。
たぶんヒバリさんはクライスさんのことを警戒して来てくれたんだろう。
ただあの人だって昨日の今日で来たりはしないだろうし、もしかしたら店にももう来ないかもしれない。
とはいえ普通の相手ではないから、帰り道が少し怖かったのも本当。だからヒバリさんが来てくれて本当に嬉しかったしほっとした。
「コンビニとか寄ります? なんでも買いますけど」
「欲しいもんがあったから勝手に買うって言っただろ」
半歩先を行く背中がなんて頼もしいんだろう。なんだか大事にされている気がする。気のせいでもいいから、今だけはそう思っておこう。
「デートみたいですね」
「これが?」
調子に乗って言ってみれば思わず振り返るヒバリさん。眉をひそめて怪訝な顔をしている。そんな表情をしていたって顔がいいんだから素晴らしい。
「夜道を歩くだけでも立派なデートですよ」
「そんなんだからお前はすぐ騙されるんだよ」
呆れた様子ですぐに前を向いてしまったヒバリさんには、この些細な嬉しさが伝わらないらしい。それどころかそんな考えをする俺が悪いとでも言いたいようだ。
「そりゃちょろい自覚はありますけど、誰でもいいってわけじゃ」
一応反論しておきますけどと声を上げたと同時にヒバリさんがぴたりと足を止める。
そして回れ右をして、止まり損ねてぶつかりそうになった俺に人差し指を突き付けた。
「俺を信じてる時点で甘過ぎんの。俺だってお前の血を吸う吸血鬼だぞ」
「でもヒバリさんは俺のこと考えて吸ってくれます。それに俺がヒバリさんに吸われたいって思ってますから」
「……顔が好きだから?」
「顔も好きだから」
言っとくけど、別に顔だけが好きなわけじゃない。他のことがチャラになるくらい顔が一番好きだけど、ここのところ特に優しさを感じているし、大事にしてもらっていると思っている。
それがたとえエサとしての話でも、だ。
「お前は警戒心が足らなすぎる」
だけど俺の気持ちはあまり伝わらなかったようで、ヒバリさんはそう言い捨ててまた歩き出してしまった。ただし、半歩先をキープして。
そういうところが、やっぱり優しい人だと思うんだけどな。
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