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闇夜に提灯 3

「マヨくん、昨日はごめん」  夜の営業に向けての準備時間、バイトにやってきた柳さんは俺の顔を見るなりそう謝った。  昨日の夜、迎えに来たヒバリさんを見て「モノノケ」だとか言っていた件だろう。  正直顔が良すぎて言いたくなる気持ちもわかるし、実際人ではないのだから間違ってはいない。でも柳さんの目線からいったら、俺の知り合いに暴言を吐いたようなものだと思っているのかもしれない。 「なんというか、ぞっとするような顔の綺麗さだったから。っていうのも失礼だね、ごめん」 「いえ、暗闇から現れたらびっくりしますもんね、あの銀髪とか。気にしてないんでそんなに謝らないでください」  むしろ本人だってそれを聞いたら笑うかもしれない。もちろん正体は言えないから説明はできないけれど、柳さんのその感覚は合っているんだ。  だいぶマヒしてしまったけれど、そもそも吸血鬼と一緒に住んでいるという状況が何一つとして普通じゃないんだから。 「クライスさんも系統的に似てるんだけど、あの手のかっこよさは魂抜かれそうで苦手なんだよなぁ俺」  そう呟きながら裏に荷物を置きに行く柳さんに肩をすくめる。見習いたい危機管理能力だ。  そんな柳さんにバックヤードから手招きされ、小走りで向かうと隠すようにしてなにかを握らされた。 「それで、これ、お詫びの品」 「これは……?」  手の中にあったのは、若干しわくちゃな紙が四枚。  見てみれば、どうも商店街の福引きの補助券のようだ。それはわかったけど、気になる点が一つ。 「……ちなみにこれって、何枚でくじ引けるんですか?」 「五枚」 「ここにあるのは?」 「四枚」 「だからくれるんですか?」  答えはなんとも嘘くさく作られた無言のスマイル。  さてはこの人あんまり気に病んでないな? 「気にしないでもらっておいて」 「あ、しかもこれ今日までじゃないですか! どうしろって言うんですこれ」  今日も夜まで仕事だし、そもそも一枚足りないし。自分がいらないからってどさくさに紛れてなにを押し付けてるんだ、と抗議しようとした俺を遮ったのは第三者の声だった。 「あ、それあたし持ってますよ!」  割って入ってきたはつらつとした声に若干体が跳ねる。十代と二十代はここまでキラキラ感が違うのか。 「芦見ちゃん、いつの間に」 「おはよーございます! あ、こんにちはですね。ん、違った。お疲れ様です!」  学校帰りの制服でいつの間にか出勤していた芦見ちゃんは、明るく挨拶をしてから自分の財布を漁り始めた。 「一等が温泉で二等が自転車だったかお米だったかで、いいなーと思ったんですけど結局これしか……あ、あった。はい、これでくじ引きできますね」 「いやあの俺は別に……」  渡された一枚で福引きができる状態に持ち込まれたけれど、そもそも全部俺のものじゃないし元々引く気もないのに。 「マヨ、掃除終わったら帰っていいよ。二人いるし、今日はそんな混まないだろうし。たまには早く帰りな」  なぜだか大守さんにまで背中を押され、後に引けなくなってしまった。実際三人いるほど混む日ではないし、帰っても支障はないんだろうけどいまいち釈然としない。  一度倒れそうになったこととヒバリさんが迎えに来たことで、気を遣われる状況を作り上げてしまったのかもしれない。  そして見下ろした手元には五枚の補助券が揃ってしまっている。 「じゃあ……福引きしてきます」  流されに流されて、俺はまだ明るいうちに仕事場であるレストランを後にした。  せっかくだから買い物も済ませていくか。

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