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闇夜に提灯 7

「目開けてみな」  抱きついたままどれぐらいの距離を走ったのか、そう言われて目を開けた後、しばし自分の居場所が認識できなかった。  周りを見回してもすぐにそこがどこかわからなかったのは、普段見る景色とは見るポジションがまったく違ったから。そしてシンボルそのものが下にあったから。 「うわあ……!」  ヒバリさんが俺を連れてきたのは、まさかの遊園地だった。しかも降ろされたところは、観覧車のてっぺん。ゴンドラの上に座っている。  同じくらいの高さのビルにいるのとは違う、吹きさらしの見晴らしの良さは怖さを通り越していっそ爽快なほど。たぶんそこにヒバリさんがいるから、落ちる心配をしないでいられるのも大きいと思う。  それにしてもまさか、閉園後の遊園地に連れて来られるとは予想外すぎた。  営業が終わり、人が消えて明かりを落とした遊具が占める沈黙した遊園地は、昼間とはまったく別物。  全部が闇に沈んでいるせいで、ヒバリさんが住んでいる夜の世界を垣間見た気になる。まるで俺まで夜の住人になったようだ。  あちこち見回す俺を見守る大人っぽい笑みを浮かべたヒバリさんは、俺の隣に腰を下ろし人差し指を立てた。 「どっちかっつーと、見るべきなのは上だな」 「上?」  その指先を追うように天を仰ぎ、そのまま驚いてひっくり返りそうになった。  ギリギリのところでヒバリさんに背中を支えてもらっていなかったら、ワインごと転がっていたかもしれない。 「わああ星!」  まるでプラネタリウムのような、というと風情がないだろうか。  それでも周りが真っ暗だからか、都会だとは思えないくらい星空が綺麗に見える。むしろ空が星で埋まっているみたいだ。 「夜歩くだけでデートだとか浮かれてる奴が可哀想だと思ってな」  口を開けっぱなしで空を見上げる俺の手から、ヒバリさんがワインとグラス一つを抜き取る。そのヒバリさんが何気なく言った言葉に、危うく違う意味でひっくり返りそうになった。 「え、本当にデートなんですか?」 「不満か?」  グラスにワインを注ぎながら、ヒバリさんが機嫌を損ねたように眉をひそめるから慌てて首を振る。  デート。デートなのか。  できるだけ調子に乗らないようにあえて言わなかったその言葉がヒバリさんからもたらされ、意外さにまばたきしか返せない。あまりに驚きすぎて派手に驚き損ねてしまった。  確かにクライスさんについていった理由を聞かれた時にそれがきっかけみたいなことを言ったし、初めて迎えに来てもらった時にテンションが上がって口を滑らせた。  それを覚えていて、考えてくれたのか。デートらしいデートを。  それがこれ。 「……ヒバリさんって、意外とロマンチストなんですね」 「うるせーよ。帰りたいならもう帰るぞ」 「あーごめんなさいもう少しいたいです!」  乾杯もせずにワインを呷るヒバリさんに即座に謝罪。せっかくのデートを、機嫌を損ねて終わらせるなんてもったいない。  ……それでも、星空が綺麗に見える遊園地でワインを、だなんてあまりにもメルヘンだ。  でもそれが、ヒバリさんが俺のために考えてくれたデートなのか。 「すごく嬉しいです。こんなデート、ヒバリさんとしかできない」 「だろ」  あ、嬉しそう。ドヤ顔されてもただただ顔がいいヒバリさんに、こちらまでにやけてしまう。  そしてヒバリさんチョイスのワインを星空に向かって掲げると、大事に一口。ワインは詳しくないけれど、香りが良くて美味しいのはわかる。  甘いだけじゃなく濃厚で少し渋みがあるところが複雑な深みを感じさせる。これがヒバリさんの好きな味なのだろうか。それとも俺に合わせて飲みやすいものにしてくれたんだろうか。  ……どうだろうか。せっかくのデート中ならば、お酒を飲んだ後の「酔っちゃった」は許されるんじゃないだろうか。  そして寄りかかった俺に惹かれて血を吸いたくなったりして。

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