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闇夜に提灯 9
「ないんかーい!」
そう、思わず大声でつっこんでしまったのは、予想外というかむしろ予想通りというか。力いっぱいのつっこみに、キャラが違いすぎて自分でもびっくりした。腰が抜けた。
それでも、だ。
家に帰ってきて、体が冷えただろうからシャワーでも浴びてこいなんて言われたら期待するに決まってる。それこそ本当にワンチャンあるんじゃないかって。
なんだかんだでそういう雰囲気になれば、ヒバリさんだって男の欲望を剥き出しにしてくれるんじゃないかと思ったのに。
緊張と期待に胸を膨らませてシャワーから出てきた俺を迎えたのは、誰もいない部屋だった。
飲みかけのワインとグラスを置きっぱなしにして、ヒバリさんは忽然と姿を消していた。
とっくに夜中だ。エサの調達に行ったのかもしれない。それとも、別の誰かで欲を発散する気なのかも。
「期待した俺が悪かった……」
がらんとした部屋の中に、泣きたい気持ちでへたり込みながら嘆く。
普通なら、あんなキスまでしておいてひどい、となるところだけどヒバリさんにとってはただの食事なんだもんな。しかも望み通りの血ではなく、妥協しての唾液なわけで。
あれだけキスをするということはお腹が減っていたのかもしれない。だから待ちきれなくてシャワーの間に出ていったのかも。
そこまでして俺のことが吸いたくないんだろうか。
なんでだろう。血さえ吸わなくなったら、いよいよ本当にただのヒモじゃないか。というか、吸血鬼にどうぞと言っても吸われない俺ってなんなんだ……?
「まずいわけじゃないんだよな?」
さすがに自分で自分の血の味を確かめるわけにはいかずに首を傾げる。というか確かめたところで血液に対する味覚が同じなのかもわからない。
でもクライスさんは美味しいと言っていた気がする。
「なんか、極上だとか言っていなかったっけ、あの人」
そんな褒められ方もどうかと思うんだけど、一応まずくはないはず。そもそもヒバリさんだって頻繁に飲んでいたのに、あれから全然吸ってくれなくなってしまった。
……これだったらクライスさんの方が吸血鬼としては真っ当だった気がする。
騙して誘惑して血を吸って体も求めて。欲望を紳士然とした態度で隠して獲物を狙う。それが吸血鬼ってものじゃないのか。
「ヒバリさんのバカ。ニセ吸血鬼。体にも血にも興味がないって言われたら俺の価値なんてないじゃないかー!」
言う相手がいない文句をただただ垂れ流して、俺は一人寂しくベッドへと向かった。
噂をすれば影が差す。
その言葉を知らないはずがないのに。
バカなのはたぶん俺の方。
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