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雨降って路面が滑る 1
「どうしたら好きって気持ちが伝わるんですかね……」
そんな呟きをなんとなく洩らしてしまったのは、ホールに一人のタイミングだったからかもしれない。それとも雨のせいで少しアンニュイになっていたからだろうか。
もう少ししたら夜の営業に向けて本格的に準備をしだす時間。
朝から降り続く雨は少し強くなってきていて、そのおかげかさっき予約の電話をいくつか受けた。普通は雨が降るとお客さんの出足は鈍るけれど、この店には雨の日だから訪れるお客さんもいる。
もうそろそろ芦見ちゃんも来る頃だろうし、忙しくなるかもと柳さんも呼ばれていたからもう少ししたら賑やかになるはず。だから今が嵐の前の静けさという気がしたのかもしれない。
ぼんやりと雨の降り注ぐ窓の外を眺め、うまく伝わってくれないもどかしさにため息をついていると「マヨ」と大守さんに呼ばれた。そしてここに座れとカウンターを指すジェスチャー。
気が抜けていたから注意されるのかと思いきや、隣に並んで向かい合うように座った大守さんが人差し指でカウンターを叩いた。
「たとえばお前が料理を作って人に出したとする」
「……え? あ、はい」
「その相手が無表情のまま食べていたらどうする?」
頬杖をつき、俺を窺うように見つめる大守さんの突然の問いに、少し考えてから答える。
「美味しくなかったのかなって不安になります」
「心の中では『美味しい』って思ってても?」
「だって、そんなのわからないですし」
料理を作って出すのは今までの彼氏にもしてきた。だからこそそんな緊張する状況は簡単に想像できるし、怖い。口に合わなかったのなら無理して食べなくていいと止めてしまうかもしれない。
いくら本当は美味しいと思っていたとしても、その表情からは読み取れないだろう。付き合いが長くたってきっと難しい。
「じゃあ食べて『うまい!』って言われたら?」
「それは嬉しいですよ。喜んでもらえて良かったって」
「それと同じじゃないかと俺は思うわけ」
「え?」
「自分がどう思ってるかをそのまま伝えればいいんだよ。それが一番手っ取り早いだろ」
なんの話かと思ったら、いきなり答えが投げられた。
つまりそれは、俺が呟いた「どうしたら好きな気持ちが伝わるか」に対しての大守さんの答え。
なんともストレートで、だからこそわかりやすいアドバイスだ。
……「好きだ」と、俺なりには言っていたと思う。ただヒバリさんは真面目に受け取ってくれなかったし、見込みがないんじゃ伝わっても伝わらなくても結局同じじゃないかってのが問題。
もっとはっきり好きな気持ちを伝えて、それが響いてくれるのが一番いいけれど、そんな簡単にいくなら誰も恋愛で悩みはしない。そもそもヒバリさんに俺に対しての恋愛感情がないのが問題なんだよな。なのに勘違いするほど優しいのが本当に厄介だ。
「なにをどう悩んでんのかはわからんが、お前から聞いてた中では、ヒバリは一番マシだと思うからまあ上手くやれよ」
詳しく深掘りする気はないらしく、アドバイスは終わりとばかりに立ち上がる大守さん。そのさらりとした言葉にイスから転げ落ちそうになった。
「え、な……っ!?」
「わかるっての、普通に。顔で」
「……ですよね」
ヒバリさんのことは誰にも言っていない。当然だけど普通の関係じゃないし、吸血鬼と一緒に住んでいるなんてそもそも信じてくれという方が難しいだろう。
ただ高校生からバイトをしていて、大守さんにはそれとなくカミングアウトはしていた。なんならぼやかした相談もしていた。だからはっきりとではなくても付き合いの遍歴がよろしくないことも気づいていたはずだ。
そんな俺が面食いなのは知っているのだから、ヒバリさんを見れば一発でわかるよな。それだけ顔がいいし。
なのになぜか知り合っていて、しかもなぜか背中を押されたのはどういうことなのか。
「ほれ」
「あれ、これ」
よくわからずに困惑していると、一度キッチンに戻った大守さんがお皿を手に戻ってきた。
カウンターに置かれたのは……クラムチャウダー?
この店のメニューにはない温かなスープ。けれどこれとよく似たものを、俺は食べたことがある。
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