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雨降って路面が滑る 2

「……もしかして、大守さんのレシピ?」 「うまかったろ?」  確かにとても美味しかった。よく覚えている。  でもそれはこれとは違って、俺の目の前で、俺のために作られたもので。 「貧血に効く料理を教えてくれって、だいぶ前に向こうから言ってきた。昔から働いてるならマヨの好みの味も知ってるだろってさ」  どうして二人が知り合いだったのか、その理由がこれなのか。  よくお店の料理は持って帰って食べていたから味は知っているし、大守さんがその人その人に合わせて料理する人だってことも俺が話している。だから、俺のためのレシピを聞いたのか。ヒバリさんが、わざわざ。  てっきり昔誰かに作ったものかと思っていたのに。 「……なんか、俺ばっかり好きになっていってる気がする」 「いーんじゃねーの。それが楽しかったら。俺なんてずーっと料理に片思い中だからなぁ。向こうからはちっとも俺のこと好きになっちゃあくれねーってのに」 「えー十分愛されてるじゃないですか」 「まあ、愛情なんて見えないもんだから、結局は当人がどう感じるか、そのためにどう伝えるかしかないと俺は思うわけ。……あー、あとはもうほら、女子高生とかに聞け。コイバナとか、なんかそういうの得意そうだろ」 「急に照れないでくださいよ。でも、ありがとうございます」  我に返って恥ずかしくなったのか、大守さんは逃げるみたいにしてキッチンに戻っていった。  温かなクラムチャウダーをいただきながら、窓の外を見やる。  今のところ降り続いている雨はやみそうにない。そのせいで人通りはないに等しい。  天気予報によると今日は日付が変わるまでずっと雨らしいとのことだから、ヒバリさんには迎えに来なくていいとメモを残してきた。元からヒバリさんは雨が嫌いだし、吸血鬼みんなが雨で行動が鈍るなら強い雨の日は安全だろうと。  まあ、そうじゃなくてもそろそろ迎えに来るのは飽きているかもしれない。  だからこそ今日は早く帰ろう。この際、ヒバリさんが根負けするまで好きだと言い続けてやろうか。そうしたらまた優しさでかわされるのだろうか。むしろその優しさに付け込めないだろうか。  美味しいクラムチャウダーを食べながらそんな悪いことを考えていたからだろうか。 「間宵さん」  いつの間にか後ろに立っていた芦見ちゃんに驚いてスプーンを落としそうになった。ほとんど食べきっていて良かった。 「ちょっと来てもらえますか」 「どうしたの?」 「いいから、ちょっと外に」  今来たばかりだろうか。制服姿の芦見ちゃんは、俺の手を取り外へと導く。なにかあったのだろうか。それとも店長に聞かれたくない話でもあるのだろうか。  妙に急かされ、足をもつれさせながら店の外に出ると目の前に大きな車が停まっていることに気づいた。黒く豪華な見た目で車に詳しくない俺でもわかる、リムジンだ。 「やあ睦月くん」 「クっ……ライスさ、ん」  そして後ろの窓を開けて顔を覗かせたのはまさかのクライスさんだった。  何事もなかったかのようににこやかに手を振っている。とても優雅に、楽しそうに。 「なんで……」  こんなに雨が降っているのに、と思ったけれど答えは目の前にあった。車だったら雨に濡れない。簡単なことだ。 「なんでって、また今度と言ったはずだけど」 「言いましたけど、まさか本気で……」  しかも本人は余裕のあるとぼけ方をしていて、不意打ちの俺は頭が上手く回らずうろたえるばかり。そんな俺をクライスさんはとても楽しそうに眺めている。 「一度味わった君の味が忘れられなくてね」 「や、やめてくださいよ変な言い方するの!」 「君も気持ちよくなってたのは本当だろう? それに心配しなくてもその子には聞こえていないよ」  芦見ちゃんがいるところで変な誤解をされるようなことを言われると困る。そう思ったけれど、クライスさんのセリフではっとした。見れば芦見ちゃんはぼーっとした様子でそこに立ったままだ。  まるで自分の意思がどこか別のところにあるようなその様は覚えがある。きっとクライスさんが暗示を使ったんだ。俺を呼びだすのにそれを使ったに違いない。 「とりあえず乗ってくれるかな? 店の前に車を停めてると迷惑だからね」  そして当たり前のように乗車を勧めてくるから、そこで気づく。なにも普通に相手をする理由なんかないんだ。さっさと逃げないと。

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