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雨降って路面が滑る 4

「こんなに価値があるということをちゃんと本人に伝えないなんて誠実じゃないよ。そのくせしっかり確保して独り占めして力を得ていたんだ。なんの対価もないどころか、君に不満を持たせたままでね。だったら僕と契約した方がお得だろう?」  なんで誰でも選べるヒバリさんが俺を選んで一緒に住んでいるのか。  聞いてしまえばその理由に妙に納得してしまった。  そして同時に落胆してしまう。やっぱり吸血鬼と人間だと存在も考え方も違うのか。わかってたはずなのに、俺はなにを期待していたのだろう。  さっき頑張ろうって思ったばかりなのに、それを真っ向から挫かれた気分だ。  恋心とか、頑張ればとか、そういう対象ではなかったんだ。 「僕は君が普段から頑張っていることも見ていて知っているし、恋人として支えたいと思ってる。それに抵抗があるなら仕事だと思ってくれてもいい。僕を家で待っていてくれる仕事はどう?」  クライスさんの囁きは甘く、吸血鬼よりも悪魔みたいだ。  ただでさえ俺の気持ちは土台がぐらぐらなのに、次から次に俺を揺さぶる言葉を聞かされてまともに頭が働いてくれない。  吸血鬼のエサ。あの人とこの人と、なにが違う? 「で、でも俺はヒバリさんが……っ」 「君があの男に身を捧げたいならそうすればいい。そのための金を稼ぐって考え方はどうだい? 僕が君を愛した分の対価を好きなだけ貢いだらいいよ」  手を掴まれ、力をかけられれば呆気なく座席に体が倒れる。  元より力で敵うわけはないんだ。本気で来られたら俺なんかの力じゃ抵抗できない。  ちなみに今一応押さえつけられた手を全力で動かそうとしているけど、びくともしていない辺り力の差が知れる。 「拒否権、あるんですか?」 「睦月くんの意思は尊重するよ」  見上げる俺の苦い声での問いに、にこにこと返してくるクライスさんにたぶん嘘はない。嘘はないけど、すべてが真実でもない。  尊重はすれど、聞く気もないのだろう。  こうなると、愛してくれるのならそれもいいのかも、とさえ思えてきた。  こんなに熱心に俺のことを追う人なんていないし、価値があると言ってくれるし、どうせ逆らえないし。  結局最初からエサはエサでしかなかったんだ。 「……あ、れ……?」  暗示にかかったように灰色に曇る視界の中、けれどなぜか一つだけ見えたものがあった。  リアガラスの形に切り取られた、降り続く雨の向こう。段々と大きくなるように近づいてきたのは、青空。 『睦月、伏せろ!』  ドンッと強い衝撃に車が揺れる。それによって運転が乱れたからか、なにかを感じたのか、クライスさんが体を起こして振り返る。  それと同時に、バリバリと音を立ててリアガラスがひび割れた。それの終わりを見るより早く反射的に座席から転がり落ちて身を伏せる。 「なっ……!?」  続いて聞こえたのはバリンという決定的な破壊音とクライスさんの途切れた声。それからざあざあと吹き付ける雨の音。  そして。

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