43 / 59
雨降って路面が滑る 5
「怪我してないか、睦月」
「ヒバリさん……っ!」
バリバリと残ったガラスを払って、中に体を滑り込ませてきたのはヒバリさん。片手には俺があげた青い傘が握られている。
「な、なんでここが……」
「店長から連絡が来た。柳ってのが、睦月が車で連れ去られるのを見たって。この前俺の顔見てビビってた奴か?」
どうやら窓が閉まるあの時、あそこにいたのが柳さんだったらしい。俺は偶然にも柳さんに助けを求めていたんだ。それで気づいた柳さんが大守さんに連絡してくれたのか。
なんて幸運。なんて素敵な職場。
「俺だったら他の吸血鬼が出歩かない日を狙うと思って、念のために近くまで来てたから、車の見た目聞いて飛んできた。……そりゃこんな立派な車持ってるんだったら雨なんて関係ないし、格好のチャンスだったろうな」
ヒバリさんもヒバリさんで考えてくれていたらしく、近くにいてくれたからこの素早さで来てもらえたのか。
クライスさんはわかって狙っていたし、ヒバリさんもそれをわかっていた。雨だから大丈夫だろうなんて安易に思っていたのは俺だけだったのか。
「間に合って良かった」
片手で抱き寄せられて、慣れた腕の中にほっとする。
濡れた傘をそのままにしているせいで座席がびしょびしょだけど、そもそもリアガラスがなくなっているので今さらの心配だろう。
「あ、あのクライスさんは」
「放り出した。後ろの車には当たらないようにしたから事故は起こってねぇと思うけど」
やたらと見通しのよくなった後ろを振り返りながら、ヒバリさんはひどく軽い口調で今起こったことを告げた。どうやら走っている車に飛び乗ってガラスを割り、そこからクライスさんを掴み出して外へと放り投げたらしい。
吸血鬼とはいえ苦手な雨の中、結構なスピードで走る車から投げられたらただでは済まないだろう。無茶なことをする。
「どうせあんなんじゃ死にはしないから、とりあえずここから離れるぞ」
「は、はい」
「痛い目遭って少しは大人しくなりゃあいいけど、そこまで甘くなさそうだな」
うんざりしたように呟いて、ヒバリさんは器用に俺を抱えてドアを開け放った。車のスピードが緩んでいる今だってかなり危険な行為だ。
だけどヒバリさんは構わず俺に傘を押し付けた。
「ちゃんと持って、落とすなよ。俺のもんだからな」
「……はい」
いらないとか言ってたくせに、こんな風にちゃんと使って助けに来てくれるんだもんな。キュンとするのもしょうがないじゃないか。
泣きそうになりながらも、ヒバリさんが濡れないようになんとか傘を支えようと持つのを待たず、ヒバリさんは車を飛び出した。そのまま道路脇の柵に飛び移り、そこから跳ね上がって街灯の上へ。
もしも誰かに見られても、その速さとあまりの非現実的な姿に見間違えだと思うだろう。雨が二人の姿を覆い隠してくれるなんて、なんともロマンチックじゃないか。
そんな風に誰にも届かない場所ばかりを選んで、ヒバリさんは家へと俺を連れ戻してくれた。
そして辿り着いた安心の我が家で、俺はなぜか、もしくはまた風呂に入れられていた。
しかも驚くことに、今回はヒバリさんも一緒に。
ともだちにシェアしよう!