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鬼の心エサ知らず 1
「あ、あの、ヒバリさん、なんで急にお風呂に……」
「あんなのに触られたら悪いもんがつくだろ。全部洗い流せ」
家に着いてすぐ服を脱がされたから、そういう展開になるのかと思いきや色気などなにもなく。
バサバサと引っぺがす勢いで服を剥がされ、風呂場に入れられるとそのままシャワーをかけられた。相変わらず色っぽいお風呂シーンとは程遠い。
もちろん二度も助けてもらった俺だから、ヒバリさんの言うことに逆らう気はないけれど。
座らせられた上で頭からシャワーをかけられて、お湯の隙間からヒバリさんの様子を窺った。
傘で防いでいたとはいえ雨にも当たっていたし、今のシャワーもどちらも心配なんだけど、見たところ不調そうな様子はない。
なにより、雨の中なのに助けにきてくれたヒバリさんはとてもかっこよかった。
だからこそ、その理由が頭を離れない。
俺が特殊な血の持ち主だから大事にしてくれるってこと。
それは恋愛感情なんかではなく、もっとわかりやすい食糧としての話だ。その扱いに納得できてしまうからこそ、自分の気持ちが恨めしい。
「……悪かったな、恐い目遭わせて」
黙っている俺をどう思ったのか、ヒバリさんがシャンプーを垂らした俺の髪をくしゃくしゃと乱すように洗う。
どうやら本当に全部洗う気らしい。よっぽどクライスさんの匂いが気に食わないのだろうか。
「別にヒバリさんのせいじゃないじゃないですか。それどころかまた助けてもらって……」
「予見はできた。もっと注意しておくべきだったんだ」
ざかざかと泡を立て終えた後シャワーで流して、今度はトリートメント。そしてまたそれをシャワーで洗い流し、されるがままにも慣れてきた時だった。
「ひゃっ!?」
後ろに膝をついたヒバリさんが、俺の肩を唇で咥えるようにして舐めてきた。久しぶりのくすぐったい刺激に思わず声が上がる。
「噛まれてないかの確認」
「わ、わかりますよね、匂いで」
「わかるけど一応」
ヒバリさんに噛まれるようになって、すっかりと肩も敏感になってしまったから舐められるだけでぞくぞくしてしまう。
まあこの前は思いきり噛まれたし、ヒバリさんからしたら俺の血液の量は本当の意味での死活問題だろうから調べるのも念入りになるのかもしれない。それもあって裸にしたのだろうか。
そしてヒバリさんは手にボディソープを垂らすと、その指を俺の背中に這わせた。見えない傷がないか探すようにゆっくり腰を辿り、前へ回ると太ももへと滑る。
「ヒバリさん……?」
「ここは、触られてないか?」
「なっ、ないです、けど……んっ」
そして内またを通り過ぎた指が俺自身に触れた。ヒバリさんの冷たい指先はボディソープでぬるぬるしていて、その感触に体が震えた。元よりヒバリさんに触られるとパブロフの犬のように反応してしまう。
しかも冷静なつもりでいても、非日常なことを目の当たりにしたばかりだ。ちょっとしたことですぐ興奮してしまうのは許してほしい。
「あ、あの」
「そんな甘えた声出すなよ。今は洗うのが先」
「だ、だって」
「こっちは後でな」
「え?」
イタズラしたのはヒバリさんの方じゃないかと若干非難がましげな声を上げてしまったけど、ヒバリさんはそんな俺を笑って流した。が。
後で、とはどういう意味なのだろうか。また前の時のように扱かれて食事されるんだろうか。浸ってしまう吸血と違って、あれはただただ切なくて恥ずかしいからまいる。
匂わせるだけ匂わせて、ヒバリさんは普通に俺の体を洗い終えると、その間に溜めておいたお湯に入ることを促した。
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