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鬼の心エサ知らず 2

「先出てるからちゃんと温まってこいよ」 「あ、ヒバリさんっ」 「なんだよ」 「先に出ちゃいやです。またどっか行くんじゃ……」  咄嗟にヒバリさんの服を掴んで留めたのは、この前置いてきぼりをくらったからだ。  すっかりその気で部屋に戻ったら誰もいなかったのは寂しすぎた。だからどうかいてくれと止めたけど、あっさりその手を外され頭を撫でられた。 「いいからゆっくり入ってこい」  そしてさっさと風呂場から出ていく。本当に全部洗って終わった。 「なんだったんだ……」  どれだけ匂いが嫌だったのか。  頭の先から足の先までぴかぴかに磨き上げられて、エッチな雰囲気にもならないまましっかり温められた。  ……ただ、そのおかげでクライスさんに触られたことも恐さも冷たさも全部吹っ飛んでしまった。今はどこもかしこもヒバリさんの指の感触しか残っていない。  そこでやっと、自分が恐い思いをしていたんだってことに気づく。  話ができるだけに、余計ヒトではなく別種の生き物と相対しているのだとわからせられる時間だった。  およそ普通の人生を過ごしていればありえない脅しと取り引きを持ち掛けられたんだ。自分でも気づかないほど緊張していたんだろう。今お風呂に入って力が抜けてやっと、すごくほっとできた。  ……ちゃんと正面からヒバリさんの顔を見て、ちゃんとほっとしよう。  そう決めて、思いきって風呂から出る。  大守さんにも言われたじゃないか。ちゃんと自分の気持ちを言葉にして伝えなきゃダメだって。もやもやしていることは全部聞いてしまえばいい。  そんな決心にも似た気持ちで出た俺は、すでにセッティング済みのドライヤーを手に待っていたヒバリさんの顔の良さにあっさり挫かれる。 「顔がいい……」 「わかったからこっち来い」  思わず腰砕けになりそうな俺をいつものことと軽く流すヒバリさん。手招きされて、大人しくソファーの前へ座った。  お風呂に入れられて、髪を乾かされて、すっかり子供扱いだな。  付き合ってもいないのにこんなのんびりした時間を過ごしていいのだろうか。  ……いや、良くないだろう全然。こんなことする前にしなきゃいけないことがあった。 「大変だ。大守さんに連絡しないと……!」  慌てて立ち上がろうとした俺をなだめるようにして座らせ、ヒバリさんはドライヤーを続ける。 「さっきしといた。こっちは手が足りてるから全然必要ないってよ」 「それはそれで傷つくんですけど」 「みんな元気に働いてるし、事情は今度でいいからゆっくり休めって」  どうやら芦見ちゃんの暗示も無事解けているようだし、二人がいれば忙しくても回せるとは思うけど、最近迷惑をかけっぱなしで申し訳なさすぎる。後でしっかり謝ろう。  それにしても、事情、だ。理由はどうあれ突然抜けてしまったことで迷惑をかけたんだから説明するのはもちろんだけど、その仕方に困る。クライスさんに拉致られて、体を金で買われそうになりましたって? そんなことは言えないから、もうちょっとまともな言い訳を考えないと。  なんで拉致られた俺がそんなことに頭を悩ませないといけないのか、理不尽さに腹が立ってきた。  暴力を振るわれたわけではないのにクライスさんのやり口がどこか乱暴な気がするのは、たぶん人間をエサとしか思っていない吸血鬼ならではの態度だからだろう。そしてたぶんそっちの方が吸血鬼としてはスタンダードなんだと思う。  だから、俺のことを気遣って、体を温めて髪を乾かしてくれているヒバリさんの方がおかしいんだ。 「こんな風に優しくしてくれるのは、俺の体が吸血鬼にとって特別だからですか?」 「は?」  前よりも慣れた手つきで髪を乾かされながら呟けば、聞きづらかったのかヒバリさんが聞き返してくる。  だからドライヤーの音に負けないように振り向いてから口を開いた。

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