「『アルカ』って言うんだって、クライスさんから聞きました」 「……余計なこと言いやがったなあいつ」 　カチッとドライヤーを切ると、テーブルに置いたヒバリさんが俺をソファーへと上がらせる。そして向かい合わせになると改めて話を始めた。 「なにをどう聞いた？」 「なんか、俺の体に吸血鬼にとって特別な力が溢れてるから、体液ならなんでも力になるって」 　ヒバリさんの顔が険しい。 　眉間にしわが寄っている辺り、聞かれたくない話だったのだろう。だからクライスさんに契約を持ち掛けられたことは言わないでおく。なんとなく話が横に逸れそうだったから。 「……確かに、それは事実だ」 　少しの間、考えるように沈黙していたヒバリさんは、唸るようにそう告げた。どうやらクライスさんがあの場ででっち上げた与太話ではないようだ。 　そしてこの様子じゃヒバリさんがわかって隠していたのも事実らしい。 　まあ指先を切って舐めた程度でクライスさんが気づくなら、ヒバリさんがわからないはずないだろう。 「お前の血は俺たち吸血鬼にとって『ご馳走』なんだよ。味は他と比べ物にならないほど美味く、その上吸えば吸うほど自分の存在が強まっていくんだ。アルカの血を少し吸うだけで、大勢の人間の血を吸うよりも簡単に強くなれる。そんな力を秘めた人間はとても珍しい」 「そんなに珍しいんですか」 「実際それだけ執着されてるだろ。ただ血を吸うだけなら相手なんて誰だっていいのに」 　視線で示されたのは前にクライスさんに噛まれた場所。 　確かにクライスさんなんて背も高く金髪碧眼でお金も持っててあの態度なんだから、相手なんて選びたい放題だろう。 　それなのに俺なんかに時間や手間をかけてちょっかいを出してきている。そうまでして手に入れたいものなのか、「アルカ」ってやつは。 　でもまあ、すべてヒバリさんにも当てはまることだよな、それって。この顔だもん。相手に困るわけがない。 「お前の体は光が溢れてるようなものなんだ。だからこそ闇の深い俺たちみたいのが惹きつけられる。いや、甘い匂いの強い花、って方が正確か」 　たとえを聞いて俺が思い浮かべたのは誘蛾灯だったけれど、惹きつけられた本人の前で言うたとえじゃないな。 　なんとなく自分の腕を見下ろして、なんの変わりもないのを確認する。当たり前だけど採血や献血をした時に特別な血だとは言われたことはないし、自分で感じることもない。 　血を吸っているヒバリさんを思い浮かべたところでエッチだなとしか思わないし、他の人の吸血シーンをみたわけじゃないから比べることもできない。 「そして惹きつけるのは吸血鬼だけじゃなく人間も同じ」 「え、人間も？」 「光や花の匂いが強ければ強いほど悪い虫が寄ってくるんだよ。お前の歴代のクズ彼氏みたいなのがいい例だろ」 　吸血鬼を惹きつけるというのはもうわからなさすぎて逆に大雑把に納得できるけど、人までもとなるとそうはいかない。そんな自覚はないのだけどと体勢を変えて考え込もうとして止まった。 　なにをさらっと人の恋愛遍歴をけなしてくれたんだ？ 　まあ予想はできるだろうしまともじゃなかったのは合っているだけにつっこみづらい部分はある。だからってその言い方はどうだろう。 「歴代のって、言うほどいませんし、そんな見てきたみたいに……」 「十分だろうが。この前のミュージシャン気取りの男も家に女連れ込んでたし、大学の時は何股かけられてた？　高校でも中学でも生徒に手出す教師なんてまともなわけねぇだろ」 「いやでもですね、いい部分も少しは……って、なんでそんなこと……」 　こちらへと身を乗り出しまくし立てるヒバリさんにのけぞりつつ、反論の言葉を考えようとしておかしなことに気づいた。 　ここに住んでいた元同棲相手のことはなんとなく話した。だけどそれより前のことはわざわざ喋ることじゃないからとヒバリさんには聞かせていない。 　大学の時に付き合っていたサークルの先輩に八股かけられていたこととか、中高それぞれで先生と付き合っていたこととか、自慢するような趣味はない。 　そしてバイト時の態度でなんとなく事情を悟っていただろう大守さんは、ぺらぺらとそれを話すような人じゃない。 　だからそれを知るためには、その時の俺を知っていなきゃならない、はず。