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早起きはいっぱいの得 3

「……たぶんあいつ俺のことわかってると思うんだよな」 「大守さんが?」  ざくっと乾いた髪を撫でながら、ヒバリさんはそんなことを呟く。  ヒバリさんってよく俺の頭を撫でるけど、好きなんだろうか。それともやっぱり子供扱い? 「なんとなくだけど。色々話が早かった感じがした。しかもあんまり深く聞いてこないし」 「レシピ聞いた時ですか?」 「その後も」  ネットで調べたり本を買ったりするわけじゃなく、いきなり大守さんにレシピを聞くヒバリさんもすごいけど、教えた大守さんもすごいと思う。  それなりに長い間一緒に働いているけれど、大守さんはわりと得体の知れないところがある。色んな所を旅している人だから、色んなものに理解があるというか、理解できないものもそのまま受け入れてくれる感じがある気がする。  だからヒバリさんのこともなんとなく見抜いていてもおかしくないかもしれない。  そうじゃなかったら俺になにかあったと知ってすぐヒバリさんに連絡しないだろう。  しかし、そうなると柳さんの言っていた河童さんや猫又さんの話がやにわに真実味を帯びる。クラウスさんもそうだけど、もしかして常連さんの中にヒトではない人も多くいるんじゃないのだろうか。  なんて、突飛な発想を抱いても不思議じゃないくらいあそこには色んなお客さんがいるんだ。 「あ、そういえばヒバリさんスマホ持ってるんですね! 俺知らなかったんですけど。ていうか連絡先知りたいです。ヒバリさんに電話かけたいです」  ごちそうさまと食べ終えた皿とフォークをキッチンに置きにいくと、代わりに空いたイスに座ったヒバリさんがテーブルを指先で叩いた。  「連絡先はここだろ。一緒に住んでんだから」 「ヒバリさん……ってきゅんとして騙されかけた!」 「騙してねぇよ。朝からテンション高いな。可愛いけど。それに直接喋ってんだからそれでいいだろ」 「え、今さらっとなにか言いませんでした? ワンモア」  普通に喋るテンションと同じのままときめくことを混ぜてくるヒバリさんに、危うく洗い終わった皿とフォークを派手に落としそうになった。  最近、デレが突然来て去っていくからリアクションが間に合わない。余韻ももっと味わいたいのに。 「電話なんてしてどうすんだよ」 「電話越しにイチャイチャしたいです」 「そういうのは直接すりゃあいいだろ。ほら、さっさとしないと遅刻するぞ」  ……聞いただろうか今の言葉を。俺はしっかり聞いた。前ならイチャイチャなんてしないと言い切られていただろうに、直接すればいいと。 「いってらっしゃいのちゅーしてください」 「甘えてんなよ」  こんなの聞かされてじゃあ行ってきますなんて大人しく出られないと両手を伸ばすと、ぱしりとその手を払われた。だけど次の瞬間にはヒバリさんの少し冷たい指先が俺の顎に触れ、しっかりとしたキスをもらった。いや、ヒバリさんにとっての朝ご飯だろうか。  甘やかしでも朝食でもどちらにせよ俺はいい思いをするからご褒美だ。 「ん……ふっ、んん」  ただ、いってらっしゃいのちゅーにしてはだいぶ性的で、あっという間に腰が抜けてしまった。  たぶん一般的ないってらっしゃいのちゅーは、もっとライトなキスで、こんなに舌を絡めるディープなやつじゃないと思う。 「早く用意しないとこのまま出られなくさせるぞ」  その上で濡れた唇で悪く笑ってこんなこと言われたら、今すぐ働きに出ますと言わざるを得ない。  ヒバリさんの言葉にナメてかかって盛大に泣かされた夜はまだ記憶に新しい。 「後でな」  そして最後にそんな何気ない約束で送り出されれば、今日も一日頑張って働こうとなるのだから単純な方が人生は楽しいのかもしれない。 

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