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 ──冬樹は二度と、帰ってこなかったのだ。  十一月になったばかりで、肌寒くなってきた時期。突然、事務所からの電話番号が表示されながら、スマホが震えた。  ──無慈悲な報せ。  ──大きな衝撃と、深い絶望。  なにが起こったのか、分からなかった。  それなのに、俺の理解を待つこともせず、アイツとの別れの日──葬式の日だけが、近付く。  ──冬樹は、実家に辿り着くことすらできなかったらしい。  交差点を渡っている途中で、居眠り運転をしていたトラックに撥ねられた。  頭を強く打ち、後頭部から大量の血を流しながら。  月島冬樹は、死んだ。  死んだ、らしい。  ──は、っ?  ──月島冬樹が、なんだって?  ──死ん、だ……?  * * * 「──ぃ。……おい。……おい、平兵衛!」  体を、揺すられる。隣に座る男から声を掛けられるという、オプション付きで。  ハッとして、俺は辺りを見回した。  黒い服を着た人ばかりの、知らない場所。  鼻腔をくすぐる、線香の匂い。  ──あぁ、そうか。  ──そう、なんだよな。  そこでようやく、俺は事態を飲み込んだ。  今日は、別れの日。  アイツ──月島冬樹の、葬式だ。  冬樹が死んだという報せを受けてから、俺はなにをしていたのだろう。冗談抜きで、よく憶えていない。  分かっているのは、ここで弔われているのは俺の親友だということ。証拠に、笑顔の冬樹が俺を見ていた。……つまりは、遺影だ。  放心状態だったとはいえ、俺は今、冬樹の葬式に出席している。それなのに、ヤッパリ俺には『冬樹が死んだ』という実感が、湧いていなかった。  それは、冬樹が死ぬ数時間前。  冬樹は朝、俺に豪快な朝の挨拶をした。 『お土産はエロ本でいいか? わざわざ地元のコンビニで買うんだぞ? それって、かなり勇気が必要なことだろ? 平兵衛にはできっこないだろ? じゃあプレミア感しかないよな!』  とかなんとか、言っていたのに。  トラックに轢かれた程度で死ぬようには見えないくらい、生命力の塊みたいな奴だった。  ──なのに。 「おい、平兵衛。……手、合わせるんだろ」  隣に座って俺を呼ぶ男は、幼馴染の水野(みずの)龍介(りゅうすけ)だ。  龍介と冬樹が実際に会ったのは、わずか数回程度。だが、冬樹は俺の同居人。龍介はわざわざ、一緒に葬式へ来てくれた。  ……そう、だ。  俺はちゃんと、冬樹に別れを告げるために、葬式へ出席している。  場所は、冬樹の地元の葬儀場。決して近くはないその場所に、俺と龍介は来ていた。  龍介の言葉に、俺はぼんやりしながら、曖昧なニュアンスで返事をする。 「……あぁ」 「気持ちは分かる。……とは、言えねぇけどよ。せめて、もう少しどうにかしろよな」  正直、どうやってこの会場に来たのかも、思い出せない。おそらくだが、龍介がずっと一緒に行動をして、腑抜けた俺を連れてきてくれたんだろう。  龍介は龍介なりに、俺を心配してくれている。  人が死んでいるのだから、なんて言えばいいのか分からないのかも。  それでも精一杯俺を支えようとしてるのも、分かっている。  ……なのに、俺は。  ──どうやって区切りをつけていいのかが、分からない。  龍介に『平気だぞ』と言ってやれれば、一先ずはいいんだろう。  ──だが、ダメだ。  ──言えるわけが、ない。  ふと、辺りをゆっくりと見回してみる。当然、俺たち以外の人間が、冬樹に別れを告げに来ていた。  ──この人たちは、きちんと【月島冬樹の死】という現実を受け止めているんだろうか。  ──俺のように、よく分かっていないまま来ている人なんて、いないのかもしれない。  周りに居る人の服装や、表情。  それらを見て、独特な雰囲気を肌で感じて。  線香の臭いを【線香の臭い】として認識できなくなるくらい嗅いで。  そこまでしてやっと、頭の片隅で実感できた気がする。  ──もう二度と、月島冬樹には会えないのだ、と。

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