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もう少し、遅れて出るべきだったか。
思わずそんなことを考えてしまうくらい、出入り口は人で混雑していた。おそらく、遺族の方々に声をかけている人でもいるんだろう。
ぼんやりと『俺も親御さんくらいにはなにかを言わなくちゃいけないな』などと考えながら、ゾロゾロと前の連中が出て行く様子を眺める。
──しかし俺は、冬樹の家族になにを言うべきなのか。
そんなことを、呆けた頭で必死に考えながら、歩く。
せめてもう少し、身だしなみを気にするべきだったか。そもそも、今日の俺は【ちゃんとした恰好をしたのか】すら、記憶に無い。
……まぁソレに関しては、ここまで俺を引っ張ってきてくれた龍介を信じよう。
人の群れが、徐々に動く。少しずつ人が外に出て行き、やっと、前が見え始めた。
──そう言えば、冬樹の家族に会ったことはなかったな。
顔を上げて、今さらすぎる出会いを果たす。
立っているのは、三人。
うち二人は、冬樹の両親だろう。俺よりも、断然年上に見える。
冬樹の親御さんと思われる人たちの姿を、視界に捉えた。
だが。
──視界に入ったのは【二人】ではなく【三人】で。
──もう、一人は……ッ。
「ン? 平兵衛?」
「ウソ、だろ……ッ」
「ハァ? なにが──オイ、平兵衛?」
隣に並ぶ龍介を、グッと押し退ける。
まばらに歩く人たちをムリヤリ跳ね除け、俺は冬樹の親御さんへ──。
……いや、違う。
「──冬樹ッ!」
冬樹の、親御さん。
──その隣に立っている、一人の青年。
──【冬樹】へ、駆け寄った。
「平兵衛ッ!」
後ろから、龍介の呼び声が聞こえる。だが、今はそれどころじゃないだろう。
さっきまで、冬樹の葬式をしていたはずだ。冬樹が立っているなんて、ありえないかもしれない。
──だが、そんなことはどうだっていいッ!
突然駆け寄ってきた俺を見て、青年──【冬樹】は、目を丸くした。
──あぁ、なんだよバカ野郎ッ!
──冗談、キツイだろうが……ッ!
俺は【冬樹】を、力一杯抱き締めた。
「冬樹ッ! なんだ、ヤッパリ死んだなんてのはウソ──」
瞬間。
「──落ち着けッ、平兵衛ッ!」
龍介が、力強く俺の右肩を引っ張った。それによって、周りがしんと静まり返る。
俺は思わず、龍介を振り返った。
「なん、だよ。なんで、ジャマするんだよ」
龍介は、俺の心配をしていたはずだ。
──なら、感動の再会に水なんて差さないでくれ。
そんな気持ちで、俺は龍介を振り返った。
腕の中にある温もりは、現実。つまり、俺は【生きている人間】を抱き締めているということ。ならばこの【温もり】は、紛れもなく【冬樹が生きている】という証拠だろうが。
──俺は【冬樹】を抱き締めているのだから。
それでも、龍介は俺の肩から手を放さない。
しっかりと肩を掴んだまま、低い声で……。
「──バカが。その人は【弟】だ……ッ」
俺にそう、龍介は【現実】を突きつけた。
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