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 自分のダメさ加減に嫌気が差す中。  俺の葛藤を当然知らない冬人君は、声をかけてくれた。 「この部屋は、私が使っていいのですか」 「おう、モチロンだ。好きに使ってやってくれ」  冬樹のだった部屋に入り、クローゼットを開ける。 「冬樹の私物をどうするかは、冬人君が決めてくれ。捨ててもいいし、そのまま使ってもいい。俺はなにも口出ししな──」 「そのまま使う」  俺の言葉に被せるよう、冬人君が声を発した。  すぐに、冬人君は俺に近寄る。そして、俺が開けたばかりのクローゼットを、冬人君は閉めた。 「下着とかは、さすがに捨てる。でも、それ以外の物はそのまま使うつもり、です」  そう言い、冬人君は俺を見上げる。 「それと、火乃宮さんにお願いがあります」  ……改まって『お願い』だって? 今後の生活に対すること、だろうか。 「改まって、どうした?」  純粋な疑問を、冬人君にぶつける。  そうすると、予想外の答えが返ってきた。 「──私のことも、兄の名前を呼ぶのと同じように、呼び捨てでいい。……いい、ですから」  ──肩透かし。  その一言に尽きる【お願い】だ。 「おっ、おう、そうか?」 「兄を呼び捨てにしていたのなら、私もそうしてほしい。そう、されたいです」  ──そういうものなのか?  冬人君は相変わらず不愛想な表情だが、真剣だ。  もしかしたら、兄貴のことは呼び捨てで自分だけ『君』を付けられていると、疎外感でもあるのだろうか。……冬人君はそういうの、気にしなさそうに見えたんだけどな。  イマイチ理由になっていないような気もするが、俺は冬人君の【お願い】に頷く。 「分かった。じゃあ、俺のことも下の名前で呼んでいいぞ。一緒に暮らすのに他人行儀だと、こっちもちょっと落ち着かない」 「兄は、火乃宮さんのことをなんて」 「冬樹か?」  冬樹が俺をどう呼んでいたかが知りたいのか? ……なんでいちいち、そんなことにこだわるんだ?  ──【こだわり】って言うよりも、どことなく【固執】に近い気がするし。  と、勿論思わなくもなかったが……訊かれたからには、答えよう。実際問題、特段隠すようなことでもないしな。 「二人のときは『平兵衛』って呼んでたぞ」 「呼び捨て、か」  冬人く──冬人はさらに、眉間のシワを深く刻んだ。  それから少し、悩んだような素振りをする。  ──兄貴が同居人をどう呼んでいたかって、そんなに重要なことなのかねぇ?  悩んでいる様子の冬人を見ながら、思わずそんな疑問を抱く。  きっと、冬人にとったら相当重要なことなんだろう。……俺には、ちっとも分からねぇが。  しばらく悩んだ後に、冬人はもう一度俺を見上げた。 「平兵衛さん、と、呼ぶ。もう少し慣れたら、ゆくゆくは呼び捨てにしたい。……と、思って、います」  タメ口と敬語が入り混じった言葉で、冬人はそう言う。  それからまた、冬人は視線を、冬樹のだった部屋に戻した。  そんな冬人を見て、いつか冬樹に伝えた言葉を言う。 「仕事のときじゃなかったら、別にいいぞ。呼び捨てでも、タメ口でも」  冬人は驚いたように、俺へ視線を戻した。  まるでソワソワしているような様子の冬人が、なんだか面白い。  思わずまた吹き出してしまいそうになるが、なんとか堪える。  ……まだ、謎な部分は多い。だけど、思っていたよりも……冬人はなんか、面白いな。  吹き出す代わりに、ニカッと笑みを向ける。 「冬樹もそうしてたからな。冬人もいいぞ」  冬人はまだ驚いた顔をしていたが、すぐにコクンと縦に頷いた。 「……分かった。教えてくれて感謝する、平兵衛さん」  それだけ言い、冬人はニコリとも笑わないまま、小さく頭を下げる。  そしてまた、冬人は冬樹の私物を物色し始めた。

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