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せっせと掃除を始めた俺を見て、龍介はイスの上からぼやく。
「えっ、なにっ? アポもなしに押しかけて来たと思ったら、わざわざ掃除しに来たのかよ? ハァ? 俳優サマってのはヒマなのかァ?」
そう言い、龍介はイスに座ったままクルクルと回り始める。その口から放たれるのは、妙に嫌味っぽい言い方だ。
おそらく『気に食わない』とまでは思っていないだろう。ただ純粋に、心から理解できないだけ。
「世話を焼く相手がいなくなったからって、ボクに鞍替えってことかァ? それって、正直どうよォ?」
冬樹のことだろう。
当然、龍介は悪意を持って言っているワケではない。本気でそう思ったから、言葉にしただけだ。龍介の性格は分かっているので、特段気にしない。そして当然、傷つきもしなかった。
「別に。そんなんじゃねぇよ」
空き缶をまとめた後、次は燃えるゴミに区分される物を拾い始める。
「──葬式の時の礼、まだしてなかっただろ」
そんな言葉を添えて。
……しまった。思わず、暗い声になってしまったらしい。
「平兵衛、お前……ッ」
冬樹の死に関することを口に出すのは、少しだけ抵抗がある。それは、約一ヶ月経っても、変わっていない。
龍介も回転させていたイスを止めて、声を暗くした。
……ヤバい。さすがに、空気を重くしちまったか?
先に話を振ってきたのは龍介だが、やはりナイーブな話だっただろう。もしかすると、踏み込んではいけない話題だったかもしれない。……もしくは、龍介に変な心配をさせたかも。
そう心配した矢先……。
「──ぶぁ~かッ! ハァッ? こんなので礼のつもりかァ? 冗談にしてはちィっともッ! カケラもッ! 面白くねェぞ、平兵衛ッ!」
俺の奉仕に、カケラも感謝した様子はない。むしろ、俺に向かって中指を立ててきている始末だ。
……イヤ、オイ! さっきの暗い声はなんだったんだ!
「締切を延ばすとか、そォいう? ボクの心身が満たされるようなことすれよなァ! 部屋の掃除なんて頼んでねェし、却下だ、却下ッ!」
またもやクルクルとイスを回転させながら、龍介は失礼極まりない発言を繰り返す。
「あっ、でも。そのまま掃除はしろよな。勝手にボクの家に上がり込んでんだから、それくらいの誠意を見せるのは当然だよなァ? ……なァ、平兵衛!」
……困ったぞ。龍介に対する感謝の気持ちが、跡形もなく失せそうだ。
ひとしきり回り終わった後、龍介は作業机に向き合った。……あっ、コイツ! もう俺への関心はなくなったのかよ!
……というツッコミは、無粋なので口にはしない。俺は黙々と、部屋の掃除を続行。
すると、突然。
「──締切に余裕ができたら、礼、してもらうわ」
さっきまでの煽るような言い方ではなく、至極真剣な声で、龍介はそう言った。
話は終わりだと言いたげに、龍介はパソコンを見ながら絵を描き始める。
どうやら、今回はいつも以上に進捗状況に余裕がなかったようだ。俺を部屋に入れた瞬間は余裕がありそうに見えたんだが、気のせいだったらしい。
液晶タブレット? とかいう道具を使いながら、龍介は絵を描く。
しばらく、俺の持っている袋の擦れ合う音と、龍介がペンで液晶画面をなぞる音だけが、部屋に響いた。
……そんな中、先に言葉を発したのは、俺だ。
「そうだ、龍介。……俺さ、冬樹の弟と同居し始めたから」
「……ハァッ?」
龍介の手が、ピタリと止まった。
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