26 / 87

4 : 2

 帰ってきて早々、大声を出した。  そして、買い物袋を落すことで大きな音を立てたのだ。  騒がしさしかない俺を、冬人が訝しむような目で見ているのは当然だろう。  しかしよく見ると、冬人の着ている服に見覚えがある。  ──冬樹が着ていた服、だ。  冬樹の私物を処分しないと言っていたが、着られる服は着ることにしたらしい。  そして未だに、冬人の前髪はやはりと言うかなんと言うか……冬樹と同じ左分け。  ……こう見ると、まるで本物の冬樹が立っているようだ。 「大掃除、と言うほどではないが」  難しい顔をしたまま、冬樹によく似た冬人が答える。訝しむような目で、俺を見つめたまま。 「いや、十分凄いだろ! 辺り一面ピッカピカだぞ!」 「そう、だろうか。掃除をしてから数日経ったから、さすがに私はもう見慣れた」  キッチンの様子を見るに、冬人は今から料理でもしようとしていたのだろう。冬人の手には、まな板があった。  野菜も並んでいるし、食材から推察するに……どうやら、今日はシチューのようだ。  ──ン?  ──月島家の、シチュー? 『てへぺろっ!』  ──刹那。 「──冬人ッ! ちょっと待ったッ!」  体が、勝手に動いた。  冬人が【シチューを作ろうとしている】と気付くと同時に、俺は【あの出来事】を思い出したのだ。  俺の中で【料理が下手】という概念をぶち壊した、最悪の事件。  ──月島冬樹が作ろうとしたシチューだ。  俺は急いで、まな板を冬人から奪い取る。  さすがに驚いたのか、冬人がビクリと体を震わせた。それからすぐに、瞳を数回瞬かせて、俺を見上げる。  冬人の表情が変わったことにほんの少し喜びもしたが、それどころではない。 「いいか、冬人! 月島家がシチューを炙るってのは、冬樹から聞いてる。……だけどな! まな板は、真っ二つにするな! それは異常だ!」  鉈を持ち出して、まな板を真っ二つ。その後、ガスバーナーとオリーブオイルを持って笑っていたのは、冬人の兄である冬樹だ。  俺の中に【料理】という概念の悪魔が降臨した日のことは、一生忘れない。  目の前にいるのは、そんな悪魔の血を受け継ぐ冬人だ。  悪魔が今、目の前で再臨するかもしれない。トラウマじみた恐怖に、俺は必死になって冬人を説得し始める。あんな悲劇は、繰り返してはいけないんだ!  だが……。 「兄の料理、見たのか」  俺と正反対に、冬人は冷静だった。  少しの間だけ目を丸くしていたが、僅か数秒だけ。やがて、俺が見慣れてしまったいつもの不愛想な冬人に戻る。  ポツリと呟いた後、冬人は冷蔵庫に向かった。  俺の制止を無視して、肉でも出そうとしているのか。……なんて思ったが、冬人が取り出したのは肉じゃない。ラップのかけてある皿だ。  皿の上には、唐揚げのように見える物が置いてある。 「兄は料理が破壊的に下手だが、私は違う」  あえて【壊滅的】ではなく【破壊的】という言い回し。……どうやら冬人も、冬樹の料理の腕を知っているようだ。  自分はそうではないと否定し、まるで『証拠だ』とでも言いたげに用意された皿。  これらの言動の意味を察するに、つまり……? 「──それ、冬人が作った、のか?」  訊くと、冬人はなんてことないように、コクリと頷いた。

ともだちにシェアしよう!