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帰ってきて早々、大声を出した。
そして、買い物袋を落すことで大きな音を立てたのだ。
騒がしさしかない俺を、冬人が訝しむような目で見ているのは当然だろう。
しかしよく見ると、冬人の着ている服に見覚えがある。
──冬樹が着ていた服、だ。
冬樹の私物を処分しないと言っていたが、着られる服は着ることにしたらしい。
そして未だに、冬人の前髪はやはりと言うかなんと言うか……冬樹と同じ左分け。
……こう見ると、まるで本物の冬樹が立っているようだ。
「大掃除、と言うほどではないが」
難しい顔をしたまま、冬樹によく似た冬人が答える。訝しむような目で、俺を見つめたまま。
「いや、十分凄いだろ! 辺り一面ピッカピカだぞ!」
「そう、だろうか。掃除をしてから数日経ったから、さすがに私はもう見慣れた」
キッチンの様子を見るに、冬人は今から料理でもしようとしていたのだろう。冬人の手には、まな板があった。
野菜も並んでいるし、食材から推察するに……どうやら、今日はシチューのようだ。
──ン?
──月島家の、シチュー?
『てへぺろっ!』
──刹那。
「──冬人ッ! ちょっと待ったッ!」
体が、勝手に動いた。
冬人が【シチューを作ろうとしている】と気付くと同時に、俺は【あの出来事】を思い出したのだ。
俺の中で【料理が下手】という概念をぶち壊した、最悪の事件。
──月島冬樹が作ろうとしたシチューだ。
俺は急いで、まな板を冬人から奪い取る。
さすがに驚いたのか、冬人がビクリと体を震わせた。それからすぐに、瞳を数回瞬かせて、俺を見上げる。
冬人の表情が変わったことにほんの少し喜びもしたが、それどころではない。
「いいか、冬人! 月島家がシチューを炙るってのは、冬樹から聞いてる。……だけどな! まな板は、真っ二つにするな! それは異常だ!」
鉈を持ち出して、まな板を真っ二つ。その後、ガスバーナーとオリーブオイルを持って笑っていたのは、冬人の兄である冬樹だ。
俺の中に【料理】という概念の悪魔が降臨した日のことは、一生忘れない。
目の前にいるのは、そんな悪魔の血を受け継ぐ冬人だ。
悪魔が今、目の前で再臨するかもしれない。トラウマじみた恐怖に、俺は必死になって冬人を説得し始める。あんな悲劇は、繰り返してはいけないんだ!
だが……。
「兄の料理、見たのか」
俺と正反対に、冬人は冷静だった。
少しの間だけ目を丸くしていたが、僅か数秒だけ。やがて、俺が見慣れてしまったいつもの不愛想な冬人に戻る。
ポツリと呟いた後、冬人は冷蔵庫に向かった。
俺の制止を無視して、肉でも出そうとしているのか。……なんて思ったが、冬人が取り出したのは肉じゃない。ラップのかけてある皿だ。
皿の上には、唐揚げのように見える物が置いてある。
「兄は料理が破壊的に下手だが、私は違う」
あえて【壊滅的】ではなく【破壊的】という言い回し。……どうやら冬人も、冬樹の料理の腕を知っているようだ。
自分はそうではないと否定し、まるで『証拠だ』とでも言いたげに用意された皿。
これらの言動の意味を察するに、つまり……?
「──それ、冬人が作った、のか?」
訊くと、冬人はなんてことないように、コクリと頷いた。
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