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皿をテーブルに置いた後、冬人は俺に近寄った。
「兄の部屋に鉈があったから、料理をしたのだと想像はしていた」
冬人はそれだけ言うと、俺の腕からまな板を奪い取る。
「私は違う。月島家は、シチューを炙らない。安心しろ」
奪い取ったまな板をキッチンに置き、冬人は視線を落とした。
冬人が見ているのは、帰って来て早々俺が落とした買い物袋だ。
買い物袋を拾い上げようと、冬人は持ち手を掴む。……しかし、想像より重たかったらしい。
一回では持ち上げられず、冬人はもう一度──今度は踏ん張って、持ち上げようとした。
「あっ、大丈夫だ、冬人! 俺が持つ!」
「全部、酒か?」
重量の原因に気付いた冬人は、その場にしゃがみ込んだ。
冬人の反応に、冬樹を思い出した。
……まだ、冬樹が未成年だった頃。嬉々として、酒の感想を訊いてきた日があった。今の冬人は、そんな冬樹によく似ている。
──だって、あんまりにも……。
「冬人、お前さん……酒に興味でもあるのか?」
──興味津々になって、買い物袋の中を覗いているのだから。
あの頃の冬樹と、全く同じ目だ。
俺が買い物袋を持った後も、冬人は酒を見つめていた。
「アルコールの類に好奇心のような興味なら、ある」
「冬人、今いくつ?」
「成人したばかりで、まだ酒は一口も飲んだことがない」
「マジかよ、勿体ねぇな……」
それなら、冬樹と似たこの反応でも納得だ。
俺の言葉になにを思ったのか、冬人は買い物袋から視線を外し、キッチンに向かってしまった。
そこから突然手を洗い出したかと思うと、手際よく調理を始める。
……とても、冬樹と血が繋がっているとは思えないレベルだ。
子供扱いされたと思ったのか、なんなのか。冬人は淡々と、調理を進める。
いつもの──と言えるほど関わってはいないが、おそらくいつもの不愛想極まりない表情だ。
酒を片付けた後、俺はもう一度料理の準備を進める冬人に近寄った。
そのまま思わず、ポツリと呟く。
「すげぇ。マジでまな板、ぶった切らねぇんだな……」
冬樹の姿をした男が、器用に料理をしている。その光景が、妙に感慨深い。
しみじみと呟くと、冬人が手を止めた。
──そして、俺を振り返り。
「──当たり前」
そう言って。
──目を細くして、小さく、笑った。
初共演の時も、このマンションに連れて来る途中も。連れて来た後でさえ、冬人は一度も笑った顔を見せなかった。
そんな冬人が、初めて俺に笑顔を見せてくれたのだ。
突然の……まさに、不意打ちのような笑顔。
──笑った?
理解すると同時に……なぜだか胸の奥がギュッと、一瞬だけ痛んだ。
冬樹の笑顔は、見慣れている。見た目が似ている冬人の笑顔なら、見慣れている顔と同じだろう。
──そういうものじゃ、ないのか?
「しっ、心配して悪かったな! 俺、先に風呂入ってくるわ!」
冬人から視線を外し、慌てて自室へ向かう。
──なんだ、これ?
──なんなんだよ、このザワつきは?
不意打ちによってザワめいた胸を、早歩きによる心拍数の上昇で、上塗り。
自室から部屋着を持ち出し、リビングを出る。
冬人はなにも言わず、気にもせず、調理を続けているようだ。
まな板の上で野菜を切る、小気味いい音。そんな生活音が、廊下にまで小さく響いた。
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