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 冬人は座り手を合わせてから、シチューを食べ始めた。  ……食べ始めて、え?  ──冬人は今、なんて言った?  ──『二人分作っていた』って、いつから? 「平兵衛さん? どうかしたのか?」  冬人はスプーンでシチューをすくい、口に入れようとした。だが、正面に座る俺を見て一度、手を止める。俺が固まったまま、動かないからだ。  冬人の目はまた、俺を訝しむような色をしていた。  慌てて、俺は言葉を紡ぐ。 「冬人、お前さんもしかして……ずっと二人分、作っていたのか?」 「私は、夜には帰れていたからな」  スプーンを皿の上に置き、冬人は俺を真っ直ぐと見つめる。『カチャッ』という、金属の音が鳴った。 「迷惑だったのなら、やめる。素直に言ってほしい」 「イヤ、迷惑とかそういうのじゃなくて。……なんで?」  冬人は、眉間のシワを深く刻む。  心底、怪訝そうだ。 「『なんで』と訊ねるその質問の意図が、よく分からない。私には、単純に『作る時間があったから』という答えしかないのだが」 「わざわざ? 俺のために?」 「平兵衛さん以外に、この部屋には誰もいない。……もしも、その質問の真意が【食材を無駄にしているのでは】という危惧なのだとしたら、そこは問題無い」  冬人の視線が、俺から外される。  片目は、俺の前に置かれた唐揚げを見つめていた。 「私は確かに、平兵衛さんがいつ帰ってくるのかを知らない。それでも、余ったのだとしたら翌日、私が朝食や昼食として食べた。だから問題はない」  『だから食材を無駄にはしていない』と、冬人は主張している。  ……正直、驚いた。  俺の中で冬人はもっと……龍介レベルとは言わないが【人嫌い】だと思っていたからだ。  どことなく近寄りがたいオーラを出していて、会話も素っ気無い。モチロン、天性の人好きオーラを出す冬樹と比較しているから、という理由もあるだろう。  なんにしても、俺の中にある冬人のイメージとは相違しかなくて……意外、だったのだ。  ……だから、なんでだろう。なんて言うか、なんか、なんだ。 「平兵衛さん? のぼせたのか?」  さっきまでの怪訝そうな表情から、一変。今度は心配そうに、冬人は俺を見つめていた。  閉口した俺を訝しむのではなく、心配している。その様子すらも予想外すぎて、なぜだか……。  ──顔が、熱くなった気がした。  さっきの笑顔と言い、わざわざ料理を作ってくれていた事実と言い。  ──これが、マンガについて熱く語っていた龍介が言っていた【ギャップ萌え】とかいうやつか?  不可解な心象を【龍介】という安心安全な男を思い描くことで、とりあえず誤魔化す。 「イヤ、悪い。のぼせてはいないんだが、なんか……冬人が意外と優しくて、ビックリしてるところだ」 「は?」 「まぁ、アレだ! なんでもねぇってことだ!」  ニッと笑みを作って、冬人を見つめ返した。  それから俺は身を乗り出し、冬人の頭をグシャグシャと撫でる。 「な、なに……っ」 「ありがとな、冬人」  俺の言動の意味がなにも分かっていない冬人は、すぐに手を払いのけようとしてきた。 「子供扱いのような行為は、不愉快だ。こういうことは、やめてほしい」 「ハハッ、そうかそうか! そりゃ悪かったな!」  迷惑そうな様子の冬人に、胡乱気な視線で睨まれる。  それでも、俺はなぜだか『イヤだな』とは、思わなかった。

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