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冬人が持ってきてくれた二本目のビールを空にし、唐揚げをつまむ。
「冬人のところとは違うが、俺も爺さんの影響ってか、そんな感じでな? うちは代々続く老舗旅館なんだが、男が生まれたら『何年前の名前だ!』って感じの名前付けるんだぜ? 爺さん曰く『いつか跡取りになったとき、様になるように』ってよ」
正直、三十代になった今となってはどうでもいいが、子供の頃は少し悩んだりもした。友達からは『時代劇のキャラかよ!』と笑われたりして、少しだけ自分の名前がコンプレックスだったのだ。
冬人は不愛想な表情をそのままに、相槌を打つ。
「合っていると思う。その名前」
「ハァ? マジかよ。俺、そんな『平兵衛』って顔してるか?」
「そう見える」
頷いた後、冬人は立ち上がった。冷蔵庫に向かうためだ。
缶ビールと、ビンに入った焼酎。それらを持ってくると、冬人はグラスもひとつ、用意してくれた。
「体は大きいし、顔つきも性格も男らしいと、私は思う」
自分の座っていたイスに戻って、冬人は夕食を食べ進める。
やけに甲斐甲斐しいところとか、食事の所作が美しいとか、そんなことよりも。
──あまりにも淡々と褒めてくる冬人の様子が、気恥ずかしいと同時に、こそばゆいほどに嬉しい。
「お、おう。……なんか、冬人に褒められると照れるな」
そう言うと、冬人の手がピタッと止まった。
「……『褒めよう』という意図は、なかったのだが。そう聞こえたのか」
「なんか冬人って【人嫌い】って感じに見えたからさ。そうやって他人のこと評価してくれるのが、意外って言うか」
「別に、私は【人嫌い】なんかではない」
そう言って、冬人は残り少なかったシチューを平らげる。
「父や祖父の影響もあって、私は外で遊ぶより家で勉強をする子供だった。……だから正直、幼い頃は同学年を『馬鹿ばかりだ』と思っていた」
「お、おぉ。随分な物言いだな」
「おそらく、平兵衛さんが抱く私への印象は、その延長線だ」
会話を続けながら、冬人は食器をキッチンに運ぶ。
運んだ食器を水に浸け、俺に背中を向けながらも、冬人は会話を続けてくれる。
「人との関わりは、自分が【人】として生きていく上で、必要不可欠なこと。だが、私は他の人よりも【他者との関わり】への【必要性】という思いが希薄なのだろう。現に、私はこうして友人と呼べる相手がいない今の状況へ、焦りを欠片も抱いていない」
水を止めた後、冬人は俺の正面の席に戻ってきた。
……今日は、一緒に仕事をしたあの日よりも、冬人がよく話してくれる。
もしかするとこれも、ヤッパリ冬樹の料理話のおかげなのかもな? なんだか、こんな些細なことが妙に嬉しい。
冬人が冷蔵庫から出してくれた焼酎の蓋を開けて、グラスに注ぐ。
「お前さん、友達いないのか? 一人も?」
「いないし、ほしいとも思わない。子供の頃は、この性格だからか……同じクラスの人には疎まれてさえいた、と思う」
まぁ、確かに冬人は人付き合い下手そうだよな。……とは、モチロン言わない。
「家に来た冬樹の友達とかとは、遊んだりしなかったのか? アイツ、引くほど友達多いだろ?」
あの明るいキャラなら、友達にも恵まれていたはずだ。そう指摘してみると、冬人は気まずそうに瞳を伏せる。
「……年上も、馬鹿だろう」
「あ~……」
代表的な男が、身内だもんな。
──う~ん。冬樹、スマン。
──一切、弁明ができねぇぞ。
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