31 / 87

4 : 7

 冬人が持ってきてくれた二本目のビールを空にし、唐揚げをつまむ。 「冬人のところとは違うが、俺も爺さんの影響ってか、そんな感じでな? うちは代々続く老舗旅館なんだが、男が生まれたら『何年前の名前だ!』って感じの名前付けるんだぜ? 爺さん曰く『いつか跡取りになったとき、様になるように』ってよ」  正直、三十代になった今となってはどうでもいいが、子供の頃は少し悩んだりもした。友達からは『時代劇のキャラかよ!』と笑われたりして、少しだけ自分の名前がコンプレックスだったのだ。  冬人は不愛想な表情をそのままに、相槌を打つ。 「合っていると思う。その名前」 「ハァ? マジかよ。俺、そんな『平兵衛』って顔してるか?」 「そう見える」  頷いた後、冬人は立ち上がった。冷蔵庫に向かうためだ。  缶ビールと、ビンに入った焼酎。それらを持ってくると、冬人はグラスもひとつ、用意してくれた。 「体は大きいし、顔つきも性格も男らしいと、私は思う」  自分の座っていたイスに戻って、冬人は夕食を食べ進める。  やけに甲斐甲斐しいところとか、食事の所作が美しいとか、そんなことよりも。  ──あまりにも淡々と褒めてくる冬人の様子が、気恥ずかしいと同時に、こそばゆいほどに嬉しい。 「お、おう。……なんか、冬人に褒められると照れるな」  そう言うと、冬人の手がピタッと止まった。 「……『褒めよう』という意図は、なかったのだが。そう聞こえたのか」 「なんか冬人って【人嫌い】って感じに見えたからさ。そうやって他人のこと評価してくれるのが、意外って言うか」 「別に、私は【人嫌い】なんかではない」  そう言って、冬人は残り少なかったシチューを平らげる。 「父や祖父の影響もあって、私は外で遊ぶより家で勉強をする子供だった。……だから正直、幼い頃は同学年を『馬鹿ばかりだ』と思っていた」 「お、おぉ。随分な物言いだな」 「おそらく、平兵衛さんが抱く私への印象は、その延長線だ」  会話を続けながら、冬人は食器をキッチンに運ぶ。  運んだ食器を水に浸け、俺に背中を向けながらも、冬人は会話を続けてくれる。 「人との関わりは、自分が【人】として生きていく上で、必要不可欠なこと。だが、私は他の人よりも【他者との関わり】への【必要性】という思いが希薄なのだろう。現に、私はこうして友人と呼べる相手がいない今の状況へ、焦りを欠片も抱いていない」  水を止めた後、冬人は俺の正面の席に戻ってきた。  ……今日は、一緒に仕事をしたあの日よりも、冬人がよく話してくれる。  もしかするとこれも、ヤッパリ冬樹の料理話のおかげなのかもな? なんだか、こんな些細なことが妙に嬉しい。  冬人が冷蔵庫から出してくれた焼酎の蓋を開けて、グラスに注ぐ。 「お前さん、友達いないのか? 一人も?」 「いないし、ほしいとも思わない。子供の頃は、この性格だからか……同じクラスの人には疎まれてさえいた、と思う」  まぁ、確かに冬人は人付き合い下手そうだよな。……とは、モチロン言わない。 「家に来た冬樹の友達とかとは、遊んだりしなかったのか? アイツ、引くほど友達多いだろ?」  あの明るいキャラなら、友達にも恵まれていたはずだ。そう指摘してみると、冬人は気まずそうに瞳を伏せる。 「……年上も、馬鹿だろう」 「あ~……」  代表的な男が、身内だもんな。  ──う~ん。冬樹、スマン。  ──一切、弁明ができねぇぞ。

ともだちにシェアしよう!