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こう見ると、今までの印象と随分違う。
正直なところ、冬人にはもっと固い印象を抱いていた。……だが、想像以上に表情を変えやすいらしい。
目を合わせてくれない冬人を眺めながら、ポツリと呟く。
「冬人も、人間なんだなぁ」
「は?」
まだ若干赤いままの顔で、不快そうな目を向けられる。
「平兵衛さんの目には、私が犬か猫にでも見えていたのか?」
「なんでそうなるんだよ! 違うっての!」
なんだか、失言ばっかりだ。俺はグラスに注いでいた焼酎を飲み干し、また注いで、飲み干す。
それを三回くらい繰り返してから、今度こそ弁解する。
「お前さんはもっと、感情の起伏? ってのが少ない奴だと思っていたと言うか、そうやって恥じらったりするのが意外って言うか!」
クソ、ダメだ。全然まったく一切合切、弁解になっている気がしないぞ。
半ば押し切るような口調で、弁解にもなっていない言い訳をする。
そんな俺を睨みながら、今度は冬人が反撃のように口を開いた。
「私だって、兄から聞いていた話の平兵衛さんと、印象が違う。平兵衛さんはもっと、落ち着いている人だと思っていた」
「落ち着きがないって言いたいのか?」
「そう言っている」
辛辣な冬人はまた立ち上がり、今度は冷蔵庫から麦茶を取り出す。
それからコップをひとつ取り出し、麦茶を注いで、一口飲んだ。
──冬樹の奴、どんな話を冬人にしてたんだよ。
冬樹の話を聞いて、俺が『落ち着いている人物だ』と想像するってことは、だ。少なくとも、冬樹はそういうイメージが付く話を冬人にしていたということ。
……そんなエピソードあったのか、アイツの中に。
冬人はまた麦茶を注いで、キャップを閉めてから話す。
「兄の葬儀の時もそうだ。私を見て動揺はしていたが、目は腫れていなかった。泣いた様子も見受けられなかったから、平兵衛さんの言葉を借りるなら、私にとって平兵衛さんは『感情の起伏が少ない人』だと思っていた」
そう、冬人に言われて。
……俺は、思わず。
「……ハハッ。そう見えたか?」
──笑ってしまった。
「残念かは分からんが、それは過大評価だ。……俺は、そんな奴じゃないぞ」
缶ビールのプルタブを引いて、一口飲む。
持っていた缶ビールをテーブルに置き、そのまま肘を付く。
そして、片手で、自分の顔を覆った。
「──泣いたさ」
確かに俺は葬儀の日、涙を一粒も流していない。その前も、一切泣かなかった。だから、冬人が見た俺の目が、赤く腫れているわけがないのだ。
だけどそれは『悲しくなかった』なんて理由とかでは、断じてなくて。
「部屋の掃除をしているとな? なにを見ても思い出しちまって、ダメだな」
──単純な理由だ。
──【冬樹が死んだ】という実感が、無かっただけなのだから。
「服の整理をしていたら、冬樹が『ダサいダサい』って言っていたくせに『セール品だから』って買った服を見つけたりして、デパートでのやり取りを思い出したさ。他にも『写真立てが部屋にあるのはオシャレだけど、肝心の写真がないから撮ってくる』って言って出て行ったこととかな? そしたら冬樹の奴、いきなり『虹の写真が欲しいからホース買ってきた』っつって、俺にホース渡してきたんだぜ? そのまま俺の腕を引っ張ったと思ったら『水出して虹を作ってくれ』とか言ってきたり……ホント、おかしな奴だったよ」
他愛もない、いかにも冬樹が考えそうな話題だ。心底、バカな話題だった。
本当に、特別でもなんでもない、しょうもない話。
……それでも、当の本人がいないのなら。
──アイツがいないのなら、全てが【思い出】になっちまうんだ。
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