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そういうこと、だったのか。
だからって、なんで……っ。
理解と疑問が、同時に湧き上がる。
「『命を返せる』って、どういう意味だよ……ッ?」
冬人が発した、その言葉。その意味が、分からない。
そんなことをしたって、冬樹が生き返るワケじゃないのだ。冬人だって、そのくらい分かっているはずだろう。
至極当然な問いにも、冬人はヤッパリ、顔を上げないで答える。
──あまりにも、悲痛な答えを。
「──兄の命日は、私の誕生日だ」
そこで。
死ぬ前日に冬樹が言っていたことを、ようやく思い出した。
『聴いて驚け、平兵衛! 明日は弟の誕生日なのさ! おっと、オレが実家に帰るのは家族には内緒だぜ? 言うなよ? 絶対に言うなよ? ちょっ、フリじゃねぇからな、マ~ジでっ!』
どうして、このマンションや仕事場ではなく、実家の近くで冬樹が死んだのか。
──冬人は、気付いていたのだ。
「私のせいで──私を祝おうとしたせいで、兄は死んだ。私が、世間から兄を奪った。ならば、私は周りの声に応えて兄として生きるしか、できることが……するべきことが、ないだろう」
そう言うと、冬人は麦茶を注いだコップに口を付けて、少しだけ飲む。
──頭の奥が、グラグラする。
──冬人は、本気でそんなことをしようとしているのか?
冬人の行動を、思い返す。
──冬樹の代役として、与えられた仕事をやり遂げたかったのは?
──俺と役を交代したくなかった、その理由はなんだ?
それは、冬樹がやり残した仕事をしたかったんじゃない。【冬樹】として、自分を見せたかったからだ。
──俺と一緒に、住もうとしたのは?
俺のそばにいれば、生前の冬樹がどんな奴だったか知れる。……もしくは【冬樹】として、俺の寂しさを紛らわそうとしてくれたからなのかもしれない。
──冬樹が俺をどう呼んでいたのか、気にしたのは?
【冬樹】という存在に、近付くためだ。ゆくゆくは俺を呼び捨てにしたいと言ったのも、同じ理由。……すべて【冬樹】が、そうしていたからだ。
与えられた回答で、今まで謎だった冬人の行動が、全て納得できてしまう。
冬人は本気で。死んでしまった冬樹の代わりに。
──自分自身が【冬樹】として生きるために、家を出た。
──それだけを目的に、こんなところまで来たんだ。
「そんなこと、冬樹は……ッ」
誰にだって、冬人に『間違っている』と伝えることはできる。
だが、大前提にだ。
──冬樹は【最愛の弟に自分として生まれ変わってもらう】なんてことを、果たして望むだろうか?
そんなこと、冬樹なら絶対に思い付かない。もし仮に思い付いたとしても、絶対に望んだりしないだろう。
冬人は握っていたコップを、テーブルに置いた。
「死者の声は、生者には聞こえない。残された私たちがすべきことは、ただ嘆き、死という事実に立ち止まり、すすり泣くことではない。同じ、生者の声を聴くことだ。私は耳を傾け、その果てに気付いた。私に求められていることは、私として存在することではない。【月島冬樹の代役】だ」
「違う……ッ! 仮に、そんなことが求められたとしても、だったら……だったら、お前さんはどうなるんだッ!」
「周りがそれを望み、兄の命が私のせいで消えたのなら。私の命を兄にすることで消したって、構わない。私という個に、私自身、執着はない」
思わず、自分の額を手で押さえる。
冬人がどれだけ確固たる信念を持っていたって、俺の考えはひとつだ。
──こんなこと、させるワケにはいかない。
──冬人を、止めなくては。
その思いだけが、グラつく頭の中で呪文のように反芻された。
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