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 冬樹はもう、いない。  冬人のそばには、俺しかいないのだ。  だからこそ生まれた、おかしな決意。  そんな極論、修正しないといけない。  なら、俺は……。 「──そんなこと、今すぐやめろ」  ──俺が、冬樹の分も冬人を止める。  俺の視線に、冬人も真剣な眼差しで応じた。 「やめない。私は、兄になる」 「冬樹はそんなこと望まないだろ。それくらい、お前さんだって分かってるはずだ」 「あなたに口出しされたくはない」  正論を振りかざしたところで、冬人は強情だ。  ……本気、なんだろう。生半可な気持ちで挑めるようなことでは、ないのだから。  ──だが、どうする?  冬人の行為は、一種の逃避だ。  そんなことをしても、冬樹自体が生き返るわけじゃない。冬人と冬樹は、どうしたって別の人間なんだ。  どんなに冬人が冬樹と似ていても、冬人が冬樹みたいな性格になっても。  ──それは【冬樹に似た冬人】という粋を越えない。  冬樹は確かに、仕事仲間の間でも人気だった。根から明るくて、いい奴だったのだ。  だからこそ慕う人は多かったし、死を悲しむ奴だって、多かった。  ……だからと言って、冬樹の模造品で喜ぶ奴なんていない。冬人のやろうとしていることは、なんの意味もないんだ。  冬人からそんな考えを捨てさせて、前を向かせないといけない。  ──きっと冬樹だって、それを望むに違いないだろう。  ……なにか。  なにか、冬人を止める方法は……っ? 「今はまだ、兄には似ても似つかないかもしれない。それでも、私はいつか必ず、完璧な【月島冬樹】になってみせる」  そう言って麦茶を飲み干してから、冬人はイスから立ち上がった。  ──このままじゃ、話が終わる……ッ!  今、この機会を逃したら? 今度はいつ、こうやって話せるか分からない。  その間にも、冬人は冬樹の模倣を繰り返し続ける。  単純に【止める】と言っても、そう仕向けるための題材が必要だ。  ──冬樹になるメリットを、消す。  ──冬樹になりたくないと、冬人に思わせる。  冬人が冬樹になりたくなくなる、なにか。  ──多少、荒療治でもいいから。 「……待て、冬人」  キッチンにコップを置いた冬人へ、後ろから声をかける。 「まだ、なにか言うのか」  振り返った冬人が発した声は、煩わしさを含んでいた。  ──荒療治でも、構わない。  ──嫌われる可能性が、あるとしても。  ──それでも俺は、冬樹のためにも……冬人を、止めなくちゃいけないんだ。  だから、俺は。 「──じゃあ【恋人】として、冬樹の代わりにお前さんが俺の相手をしてくれるのか?」  ──冬人が冬樹になりたくなくなる【ウソ】を吐く。  ──親友の弟を、騙す。  俺はこの瞬間、そう決めたのだ。  ……たとえそれが、過ちへの一歩だとしても。

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