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心の中で、謝罪の言葉を紡ぐ。
──冬樹、スマン。
──一時的に、お前さんをホモにすることを、どうか許してくれ。
我ながら、かなり強引な設定だと思う。冬人からすると、現実味が薄いかもしれない。
……だが、案の定。
「こい、びと……っ?」
冬人の目が、丸くなった。
『なにを言われているのか分からない』と言いたげな表情だ。
それでもちゃんと考えてくれたのならば、俺の言っている意味が分かるはず。
冬人は少し黙った後に……顔を、驚愕の色に染めたのだから。
「……えっ? 兄と、平兵衛さんが? ……こい、びと?」
「あぁ、そうだ」
冬人が『冬樹になる』と言うのなら、デメリットを用意したらいい。
冬樹が男と付き合っていたと仮定すると、冬人はソイツと付き合わなくちゃいけない。
それは、あまりにも生々しい現実だろう。生半可な気持ちで決断できる話じゃ、ないはずだ。
──だからこそ、冬人には諦めてもらう。
さすがに【恋人の真似事】なんて芸当、生真面目な冬人にはできないはずだ。
冬樹として生きると決めた冬人でも【そういった種類の覚悟】は、きっとしていないだろう。
「そんな、話……今まで、一度も……っ」
自分の尊敬している兄が、実はホモだったと言われて。冬人はかなり、衝撃を受けているようだ。
さっきまでの饒舌さがなくなり、動揺の色を顔に浮かべたまま、言葉が途切れ途切れになっている。
「そりゃそうだろ。そんなカミングアウト、簡単にできねぇさ。俺だって、家族には言ってないぞ」
まるで本当に、冬樹と付き合っていたかのような演技。
……この一ヶ月、またみっちりと仕事をさせられたんだ。
表情。
動作。
言葉選び。
どこをとっても、演技には自信がある。
この程度の設定を演じるくらい──冬人一人を騙すくらいなら、容易だ。
俺の真剣な顔を見て、冬人は一歩下がった。
だが、すぐ後ろにはキッチンがある。冬人は腰を、キッチンに押し付ける形となった。
──冬人が俺から、逃げようとしている。
──だが、その反応でいい。
冬人からしたら、ホモの男とひとつ屋根の下だ。しかも相手は、自分の兄の恋人。
そんな兄に『似ている』と周りから言われている冬人には、貞操の危機と思ってもらわないと困る。むしろそのつもりで演技しているんだから、ビビってもらってなんぼだ。
俺が立ち上がると、冬人はまた一歩下がろうとした。
だが、背後はキッチン。冬人は、逃げられない。
「なぁ、どうなんだよ」
「……っ」
これ以上逃げようとしない冬人へ近付き、後ろのキッチンに手を置いた。
冬人が本当に逃げられないよう、腕で逃げ場をなくすために。
「冬樹みたいに、俺を悦ばせられるのか?」
気分は完全に冬樹の恋人だ。
──もう、押し切るしかない。
疲労による、思考力の低下。それに加えてアルコールも回ってきているせいか、一周回って気分がいいぞ。
実際問題、俺はバイセクシャルだ。
つまり、ウソは吐いているものの真実が混ざっていて、演技もしやすい。
こんな演技くらい、元同居人の弟相手にだってやれる。
しなくては、いけないのだ。
全部、冬人と冬樹のためなのだから……っ。
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