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自分の考えに、自分自身が驚く。
こんな状況だというのに、俺はいったいなにを考えているのだろうか。
動揺しつつも、俺は真っ赤になっている冬人から皿を受け取った。
「……ッ」
ただ手を伸ばしただけだというのに、冬人の頬は瞬時に赤くなる。
……ここで【青ざめる】のではなく【赤くなる】のか。
どうでもいい差異に気付いた俺は、思わず余計なことをしてしまった。
「おはよう、冬人」
「……ッ」
近付くことを許した冬人の耳元で、そう囁いたのだ。
冬人は、分かりやすいほど大きく、体を強張らせる。そのまま、自分の分と思われる皿を用意して、テキパキと料理を盛り付け始めた。
しかし、冬人は根が真面目だ。
「……お、おはよう」
挨拶をされたら、たとえ一度送っていたとしても、挨拶を返す。……不謹慎だとは思うが、そんな冬人がなんだか可愛く見えてしまう。
皿のついでに、冬人は二人分の箸もテーブルに運んでくれた。
どうやら、昨日のシャワーを浴びた後か、朝食を作る前か……昨日使った食器を、冬人は洗ってくれたらしい。うちには箸が二膳しかないからな。
テーブルに朝食を並べていると、冬人は平静さを取り戻したらしい。
「平兵衛さん」
いつもの冷淡な声で、冬人が俺の名前を呼んだ。
自分用の皿を置いて、冬人は冷蔵庫から麦茶とコップふたつを持ってくる。
俺の正面に座り、冬人はそのまま二人分のコップに麦茶を注ぐ。
「これから共に暮らすうえで、少し気になることがあるのだが……訊いてもいいだろうか」
「あぁ、モチロン。なんでも訊いてくれ」
「助かる。……平兵衛さんと兄は、お互いの予定をどうやって教え合っていたのだ?」
これは、純粋な疑問なのか。……それとも、冬樹に近付くためなのかもしれない。
冬樹とのことを冬人が訊いてくると、今ではあまりいい気分で受け止められない自分がいる。少し前なら『冬人にとってはなんでも【思い出】だろうから、いくらでも教えてやろう』と思えたのに……。
だが、答えないワケにはいかない。一緒に暮らすのだから、お互いのスケジュールは知っておくべきだろう。
「そこにカレンダーがあるだろ? そこに、お互いの予定を書いてたんだ」
冬人の後ろ──壁に掛けてある月めくりのカレンダーを指で指す。
冬人は一瞬だけ後ろを振り返ると、また俺の方を振り返った。
「分かった。後で私の予定を書いておくから、確認しておいてほしい」
「あぁ、分かった。俺のは黒色で書いてあるから、冬人は赤色のペンを使ってくれ」
「分かった」
目を見て、冬人はしっかりと頷く。……さっきは目を合わせてくれなかったのに、大事な話をするときは合わせてくれるんだな。
それだけ言うと、冬人は朝食を食べ始めた。
さっきの動揺から察するに、俺のことを意識はしているのだろうが……。
──本当に、なんとも思ってないのか?
冬人は昨晩のことを気にしていないと言いたげに、声をかけてくる。それが素なのか、それともそう見えるよう努めているだけなのか。俺には判断が難しい。
そんな冬人を見ていると、なぜだか妙に複雑な心境になってくる。
……んん?
──なんで俺は、こんなにモヤモヤしているんだ?
冬人が、俺とのセックスを気にしていない。
仮にもしも冬人が本当に気にしていないのだとしたら、俺は……。
……なぜだか無性に、モヤモヤしてしまった。
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