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俺を警戒して、どことなく暗い表情になっているのだとしたら。
それは【冬樹になることを諦める】という意味では、いい傾向ではある。
……だが『嫌われてもいい』とは思っていたが、なんて言うか、そうだな。……実際にそうなると、なんだか複雑だ。
人に嫌われて嬉しいワケはないが、思っていた以上にショックを受けている自分に驚く。
「なぁ、冬人。ヤッパリ昨日のことなんだが……」
「そのことは、もう話すなと言ったはずだ」
そう呟いた後、冬人はお椀を取り出し、豚汁を二人分用意する。依然として、表情は暗いままだ。
冬人は、その話をしたくないのかもしれない。
だが、このまま冬人を放っておくことなんて、俺にはできるはずがないのだ。
「それでも、俺はちゃんと──」
「──しつこい」
ピシャリと。冬人は冷たく、そう言い放つ。
お椀ふたつを俺に差し出してくる冬人の表情は、まだ暗い。不機嫌とかではなく、純粋に元気がない様子に見える。
冬人が、落ち込んでいる理由。
──それは、どう考えても俺のせいだ。
それでも、ヤッパリ冬人のそんな顔は見たくない。……言い訳がましいが、俺は冬人を傷付けたかったわけじゃないんだ。
『……当たり前』
冬人が昨晩見せてくれた、あの笑顔を思い出す。
──なにが、冬人のためだよ……ッ。
差し出されたお椀を受け取ってテーブルに並べてみるが、俺は自責の念に駆られる。
冬人を、傷付けた。冬樹になるのを諦めさせようとして、その結果がこれだ。
──どうしてもっと、いい方法を考えられなかった?
──どうして、結果を急いでしまったんだ?
冬人は暗い表情のまま、テキパキと夕食を用意する。そのアンバランスさが、見ていて逆に痛々しい。
「冬人。お前さんはこんな話をしたくないと思うが、ひとつだけ言わせてほしい。……昨日は、本当にすまなかった」
そっと、冬人が俺を振り返る。
「どんな理由があったとしても、俺がお前さんにしたことは最低な行為だった。許してもらおうなんて毛頭思っていない。だが、それでも謝らせてほしい。……本当に、すまなかった。もう、俺はお前さんに手を出さないと約束する」
そのまま、冬人は抑揚のない声で答えた。
「平兵衛さんのことは、気にしてない。私はそう、何度も平兵衛さんに伝えているつもりなのだが」
ウソだ。瞬時に、俺はそう察する。
だが、仮に。……冬樹になるために、俺のことを【恨んでいないフリ】をしているのだとしたら。
……果たして本心を殺してまで、誰かに成り代わろうとする必要があるのだろうか。
──どうしたらいいのか教えてくれよ、冬樹……ッ。
今は亡き同居人に、思わず助けを求める。
脳内に住まう元同居人は、見慣れた笑顔を俺に向けてくれるだけ。明確な答えなんて、くれるはずがない。
……その日の夕食は昨日とは違い、とても静かなものだった。
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