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それから、一週間が経った。
冬人は相変わらず、顔を合わせても暗い表情をしている。……まるで、なにか思い詰めている様子だ。
二度目のセックスをした、あの夜以降。声をかければ返事はしてくれるが、それだけ。会話は続かないし、そもそも大前提に、冬人は俺と話がしたいようにはとても見えない。
【因果応報】と言ったら、それまでなのだが……。相変わらず俺は、モヤモヤとした日々を過ごしていた。
お互いのスケジュールを書き込んだカレンダーを見て、自分の現場と冬人の現場が同じだと分かった時。俺は仕事の合間を見ては、冬人を探した。
慣れない環境。それでいて人とのコミュニケーションがうまく取れない冬人は、それでも懸命に仕事をしていた。
真剣な表情で雑誌の撮影をして、撮った写真をカメラマンと一緒にチェックしては、話し合う。
真面目な冬人は一切の妥協を許さないのか、カメラマンと揉めているような場面を何度か見たこともある。
だが、カメラマンもプロだ。冬人の言い分を聞いたうえで、完成のイメージを話し合ってくれたのだろう。納得できる内容に落ち着いたのか、冬人は頷き、カメラマンは笑顔だった。
仕事に対して、冬人はいつだって真剣だ。
それが冬樹になるためなのだとしても、冬人が頑張っている姿を見ていると、胸の奥がまたモヤモヤしてくる。
この数日、冬人を遠目からしか見ていない。だが、一先ず仕事に支障はなさそうに見えた。
仕事場で声をかけることしかできなかったが、冬人が体調を崩していないのならばそれでいい。
俺はこの一週間、仕事の都合でマンションには帰れずにいた。
……だが、今日。俺は一週間ぶりに、マンションへ帰れる。
おそらく冬人も、マンションに帰ってくるだろう。そう考えると、通い慣れた道もどこか目新しいものように感じられた。
……ン? なんで俺は、こんなにソワソワしているのだろう?
冬人と同じ空間に居られる。そう考えると、なぜだか妙にソワソワしてきた。
不可解な気持ちを抱えつつ、俺はマンションの扉を開く。
どうやら、俺の方が早く帰宅できたらしい。冬人の姿はない。
……久し振りに、一人きりの部屋だ。そう自覚した途端、胸の奥がドクリと騒ぎ始める。
「……ッ」
冬樹が死んで、一週間。部屋に一人だった時のことを、思い出す。
仕事関係の人にも、マネージャーにも、龍介にも会わず、一週間もの間……俺はずっと、一人でこのマンションに居た。
たった一週間なのに、まるで数え切れない年月のように思えて……。そんな錯覚に、俺は気が狂いそうだった。
「……ふぅ。イヤイヤ、いったいなにを感傷に浸ってるんだ、俺は……っ」
必死に冷静さを取り戻そうとし、俺は首を横に振る。
ここに住んでいるのはもう、俺だけじゃない。冬人が居るんだ。
冬人だって、冬樹のことを思い出すこの部屋はつらいはず。そのうえ俺が暗い顔をしていたら、冬人に申し訳が立たないだろう。
せめて、明るく。これ以上、冬人に迷惑をかけてはいけない。
部屋着に着替えた俺は、なにか気分転換をしようと考える。
「そうだ。せっかくだし、たまには俺が料理でも作ってやるか」
冬人の分も晩飯を作ろうと思った、その時だった。
『ガチャッ』と、扉の開く音が聞こえたのは。
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