実は、俺も俺で、マネージャーによって事務所に連行されたりした。 『顔が資本のくせに、よりにもよって顔に怪我してどうするんだよッ！　せめて見えないところにしろッ！　この馬鹿がッ！』 　という、それは正論すぎることを怒鳴られながら。 　……いや、正論じゃないか。見えないところならいいのかよ。 　どうやら、約束していた打ち合わせの時間を過ぎても俺が来なかったため、マネージャーは俺を探してくれたらしい。 　急いでいるときは、裏口から来る。そう察していたマネージャーが俺を探しに来たところ、あの現場を見付けた。……というのが、事の顛末だ。 　そして俺は事務所内で軽い治療を受けてから、マネージャーに説教される前に逃げてきた。……という状況である。 　そこで、たまたま冬人を見つけたのだ。 「にしても、こんなところでなにしてるんだ？　ずっと座ってたら冷えるだろ」 　声をかけると、ようやく冬人が顔を上げる。 「平兵衛さん……っ」 　顔を上げた冬人は、ショックを受けたような顔をした。 「その、顔……っ」 「ん？　……あぁ。俺の歯なのかアイツの指輪なのか分からんが、おかげさまで口の端が切れたらしいぞ。マネージャーには『今日中に治せ』って言われたな。横暴すぎると思わないか？」 　消毒した後に絆創膏を貼られただけだが、それでもヤッパリ痛々しく見えるのだろうか。努めて明るく言ってみせたが、冬人は小さく震えてしまった。 「なんで……っ。なんで、私なんかを庇って……っ。あなたが怪我をして、どうする……っ」 　ジッと、冬人の顔を覗き込む。……どうやら、今日は逃げなさそうだな。 　──だったら、今日こそ冬人を変えてやる。 「【冬樹】になるんだったら、その体は冬樹のモノなんじゃねーの？」 「そ、れは……っ」 　俺と視線を合わせていた冬人が、気まずそうに視線を逸らした。 「だが、それでも。……あなたが怪我をするのは、嫌だ……っ」 　冬人は自分の膝に顔を埋めると、腕でさらに顔を隠す。声は震えていて、今にも泣き出しそうだ。 「なぁ、冬人。……なんで、アイツらと揉めてたんだ？」 　正直なところ、なんとなく理由は分かっている。だが、やはり本人から事実確認をするべきだろう。 　訊ねると、数日前とは違い、冬人はくぐもった声で返事をしてくれた。 「最初は『冬樹は死んだのに、真似をして弄ぶようなことはするな』と言われた。そこから、どんどんエスカレートして……」 　想定していた通り、冬人が日に日にやつれていったのは、二人の嫌がらせがエスカレートしていたからか。 　これでようやく、合点がいく。 「私を『模倣体』と笑うのは構わない。だが、兄のことを笑われるのは……それだけは、耐え切れなかった……ッ」 　きっと、ついさっき二人が言っていた冬樹への陰口以外にも、いろいろ言われていたんだろう。冬人の声は、どこか腹立たしそうだ。 「私は人から嫌われたり、疎まれたりすることには慣れている。……だが、それでも……っ」 　『つらかった』と。冬人はそう、続けなかった。 　冬樹になると決めた以上、自分の気持ちを表に出すことは、冬人の中で許されない。 　──そのジレンマが、冬人自身を追い詰めている。 「いいか、冬人」 　そのことに、冬人はどうして気付かないのだろうか。 「──お前さんは、冬樹にはなれない」 　冬人の肩が、ビクリと跳ねた。 　きっと、薄々。……もう、冬人自身も分かっていたはずだ。 　冬人は自分の顔を覆っている腕に力を込めて、まるで苦しいものを吐き出すかのように、呟く。 「兄の代わりにスカウトされたのに、頭のどこかでは『無茶な話』だと思う自分がいた。だけど、もう……どうするのが正しいのか、私には分からない……っ」 　小刻みに震えながら、重苦しいなにかを吐き出す冬人を見て。 　──俺はやっと、冬人の本心に触れられた気がした。