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冬人はまだ、子供なんだ。
なにも分からない、ただの子供だった。
「事務所がお前さんをスカウトしたのは、確かに冬樹が理由だ。だけど、それは冬樹をネタにしてお前さんを売り込もうって話だと、俺は思うぞ。結局、この業界は【売れれば】なんでもいいんだ」
震える冬人を見つめながら、俺は続ける。
「【冬樹と同じ顔】じゃなくて【冬樹と同じくいい顔】を、冬樹の訃報っていうゴシップが使えるタイミングで売り込もうって算段だ。ただ、それだけなんだよ」
そうだ。これは、企業が利益を得るために立てた戦略。わざわざそんなモノに、冬人が合わせてやる義理なんてないんだ。
俺の言葉を聴いた冬人が、震えた声で返事をする。
「初めは、兄が死んだ時の対処法が分からなかった。なのにいきなり、兄の所属していた事務所にスカウトされて……私が兄そのものになることを、求められた気がした。……それ以外、なにが正解なのか分からなかった。教えてくれる人はもう、隣にいなかったから……っ」
大人の都合に、冬人は巻き込まれただけだ。
冬人が【兄の死】を受け止めるより前に、エゴを押し付けられて。自分の中でなにも解決していないのに、周りに流された。だから冬人は、自分を見失ってしまったんだ。
【自分】と【周り】と【兄】のどこで、どんなバランスを取ればいいのか。……それが、冬人には分からないんだ。
蓋を開けてしまえば、なんて分かり易い。【月島冬人】の本心は、あまりにも寂しいモノだ。
なのに、こんなにも簡単なことだったのに。……俺は今まで、分かってやれなかった。
今さらになって、やっと触れているんだ。
冬人自身に触れて、俺はなぜだか不思議な気持ちになっていた。
「お前さん、随分と不器用なんだな」
肩を震わせて、俯いたままなにかに怯えている冬人が……。
──どうしてこんなにも、愛おしくて堪らないのだろう。
可愛くて、とても大切で、守りたくなる。
「そもそも、お前さんにできることなんて少ないんだよ。だから、自分のレベルに合ったことをすればいい」
冬人の頭に、手を乗せてみた。
サラサラとした髪の感触が、心地いい。
「冬人。もう、冬樹になるなんて言うなよ。冬人は、冬人のままでいいんだ。それでも分からなかったり、不安になったりしたら……もっと周りを──」
……いや、違う。【周り】なんかじゃ、ダメだ。
冬人の頭をできるだけ優しく、壊れ物を扱うかのようにゆっくりと撫でる。
「──俺を、頼ってくれよ」
他の誰かに、冬人を支えてもらいたいとは思わない。【周り】なんて曖昧なものじゃなくて、冬人を支えたいのは……。
──【冬樹の代わりとして】じゃなく【俺自身の意志】で、冬人を支えたい。
子供で、なにも分からないくせに必死になって。だけどなにを頑張っているのかすら分からなくなっている。
……そんな、バカなコイツを守りたい。
今まで抱えていた、不可解なモヤモヤ。
──グチャグチャしてバカらしい心象に、俺はようやく【名前】が付けられそうだった。
冬人から、くぐもった声が返ってくる。
「それでも、他の人は……【兄】を、私に求めるときがあるかもしれない……っ」
鼻声になりながら、冬人は抱えている不安を吐露した。
だから俺は、冬人の頭を撫でながら、言葉を返す。
「少なくとも、俺は冬人のままでいてほしいって思うんだけどな」
やはり、今日の冬人は俺に対して抵抗をしないらしい。
蹲った冬人の頭を撫で続けながら、俺は声をかけ続ける。
「それだけじゃ、冬人が冬人でいてくれる理由にはなれないか?」
問い掛けを受けて、冬人が顔を上げた。
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