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すぐに返事をしない俺を見て、龍介は眉を寄せた。
「なんだよ、平兵衛。文句あんのか?」
「いや、礼をすること自体に文句があるんじゃなくてだな──」
「へえ~っ? まさか、平兵衛がそ~んなに~? 薄情な奴だったとは~? 思わなかったぜ~っ?」
「だから、そうじゃねーんだって……」
龍介には、俺が一緒に出掛けるのを嫌がってるように見えているんだろう。
……ここは正直、悩みどころだ。俺と冬人の休みが合ったのは珍しいが、龍介が漫画の締め切りに余裕があるのも珍しいんだよなぁ……。
冬人との先約を優先したい気持ちは、当然ある。だがそれと同じくらい、冬樹の葬式の時の礼をしなくてはいけないという気持ちもあるのだ。
龍介の態度を見るに、かなり苛立っている様子だし……。
……これはもう、仕方ない。……よな。
残念だが、ここはヤッパリ……先に龍介の頼み事に付き合っておいた方がいいか。
「分かった分かった。お前さんに付き合うよ、龍介」
「へへっ、そうこなくっちゃ」
龍介は満足そうに頷き、ニタリと笑う。……相変わらず、笑顔が不気味な奴だな。
「平兵衛さん、どういうことだ?」
冬人が戸惑ったように、俺の顔を見る。
どうして自分との先約を断って、他の人と出掛ける流れになっているのか。冬人は俺たちの話が分からないと言いたげな顔だ。
「悪い冬人。俺、冬樹の葬式の時に結構コイツに迷惑かけたんだ。で、その借りをいつか返すって約束してたんだが……」
「それが今日になった、ということか?」
「すまん……」
冬人が、ジッと俺を見ている。いつものキツイ目付きだが、責めるようなものではなさそうだ。
冬樹の葬式で俺がポンコツになっていたのを、冬人は文字通り身をもって知っている。
「なにか土産物探してくるな。……そうだ。今晩のオカズとか買ってくるか」
「だからごめん」と付け足し、俺は顔の前で手を合わせて謝る。
冬人は難しい顔のままだが、納得してくれたのだろう。
「私よりも先の約束なのだろう。ならば、構わない」
そう呟き、コクリと頷いてくれた。
……ヤッパリ、冬人はいい子だよな。冬樹ならごねそうだが、冬人はそこら辺の配慮ができるのか、分かってくれたらしい。
そもそも、だ。今さらすぎるが、冬人は俺なんかと一緒に街を歩きたいのだろうか?
マイナス地点からスタートした関係性の俺と、果たして冬人は休みを過ごしたいのか……デートだなんだと勝手に浮かれていたが、いざ冷静になると、不安だ。
なぜなら、きちんと了承を得たワケじゃない。半ば、強引に取り付けた約束だ。一緒に行けない理由があるのなら、もしかしたら冬人も本心では安心しているかもしれない。
……そう思うと、いくら自分の想像の域を出ない話ではあったとしても……落ち込むな。
「オイ平兵衛、どうしたんだァ?」
龍介が怪訝そうに、俺を呼ぶ。
……今は女々しく落ち込んでいる場合ではないか。
気持ちを切り替え、俺はイスから立ち上がった。
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