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 龍介を待たせると、酷く面倒な癇癪を起こすのは明白だ。  俺は立ち上がり、龍介を見下ろした。 「準備するから、ちょっと待ってろ」 「早くしろよな、平兵衛。準備とかそういうの、平兵衛はいっつもおっそいんだからさ~?」 「龍介よりは身だしなみに気を使ってるんだよ」 「平兵衛は~? ボクみたいな下民とは違いますから~? 平兵衛は平兵衛サマですし~っ?」 「嫌味ったらしいなぁ……」  イスから立ち上がった龍介は、もう既に玄関へと向かっていた。  部屋に戻って着替えを取りに行こうと、俺も俺で歩き出す。  ……前に、冬人を振り返った。  冬人は、イスに座ったままだ。しかもいつの間にか、俯いていたらしい。  そんな冬人を見ていると、罪悪感のようなものが湧いてくる。 「冬人、本当にごめん」 「大丈夫だから、気にしないでほしい」  そうは言うが、俯いたままだ。  思わず、冬人の頭に手を伸ばす。  それと同時に、龍介が大声で俺を呼んだ。 「オイ平兵衛ッ、早くしろよなッ!」 「ウルせぇなぁ……。分かったから、急かすなよ!」  相変わらず、冬人は黙っている。 「本当にすまん」 「だから、大丈夫だと言っている」  俯いている冬人の頭上から声をかけると、返事がきた。  そんな冬人を見ていると、思わず『絶対、いい土産を買ってこよう』なんてことを考えてしまう。  俺は今回の外出に対する方針をしっかりと決心し、冬人の頭をクシャッと撫でてみる。  冬人は、抵抗をしてこない。……ならばと、頬も撫でてみた。同様に、抵抗は返ってこない。  つまり……このくらいの接触はオッケー、なのだろうか?  そんな冬人の様子を見ていると、龍介を恨みたくなってくるが……コレは全面的に俺が悪い。八つ当たりは良くないな。  冬人は相変わらず、黙って俯いている。後ろ髪を引かれる思いではあるが、帰ってきたら時間を掛けてでも本気で謝ろう。  それで、その後に……。 「じゃあ、行ってく──」 「──平兵衛ッ! マジで遅いってのッ!」 「……っ」  頭から手を離して『行ってくる』と冬人に言おうとすると、イライラした様子の龍介の声が響いた。  と同時に、冬人が一瞬息を呑んだ。……気がする。  ……イヤ、もしかするとただの気のせいか?  龍介の声は大きいから、純粋に驚いただけかもしれない。  俺は声を張り上げて、玄関にいるであろう龍介に声をかけた。 「分かってるってーの! ……悪い、冬人。行ってくるな」  龍介に返事をしてから冬人にそう言うと、俺はリビングから出る。  すると、またもや痺れを切らした龍介の声。 「平兵衛ッ! 早く──」  それと。  ──ガタンッ!  という、大きな音が突然鳴ったのは。  ……なぜか、ほとんど同時だった。 「……オイ、平兵衛? 今の音なんだよ?」  突然鳴り響いた大きな音は龍介にも聞こえていたらしい。龍介の驚いたような声が、玄関から聞こえた。  だが、驚いているのは俺も同じだ。  俺は、音がした方を……。  ──冬人が倒したイスの方向を、振り返った。

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