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冬人は俺の顔を見ないどころか、俺の手から腕を引っこ抜こうと、抵抗し始めたくらいだ。
さっきは頭を撫でられても抵抗なんてしなかったのに、なんで今はこんな必死になって逃げようとするんだよ?
腕を引っ張って、ムリヤリこちらを向かせようとする。だが、冬人はなにがなんでも抵抗してくるスタンスらしい。
──ならば、腕を【引く】のがダメなら……ッ。
冬人が、抵抗する力を入れている方向。……つまり、冬人の腕を【引く】のではなく【押して】みせた。
冬人が逃げようとした自室の扉に、冬人の体を押し付ける。
「いっ、嫌だ!」
「なにが!」
両腕を掴んで、扉に押さえつけるようにする。
さすがに、こんな細腕では俺の腕力に勝てないと分かったのだろう。けれど、冬人はそれでも頭をブンブンと振って抵抗を続ける。
「顔を、見られたくないっ!」
「だから! なんで!」
頭を振るのはやめて、冬人は思い切り俯いた。
さっきまでの威勢はどこにいったのか、随分としおらしい。
いつもは『ロボットなんじゃないか』って思うくらい冷静且つクールなコイツが、こんな人間じみた反応をするのは……正直、ギャップにゾクッとする。
「変だから、見るな……っ!」
「変でもいいから見せろ!」
「いつもより変な顔をしているッ!」
「お前さんはいつだって可愛いっつの! いいから、俺は冬人の今の顔が見たいんだよッ!」
「かっ、可愛いとか言うなッ! 私をからかうなッ!」
冬人はまったく、顔を上げるような素振りをしない。説得しようと思うも、この様子だと顔を上げないだろう。
それに、隙を見付けたら部屋に逃げるということも分かっている。
顔を見られないのも、逃げられるのも……俺としてはどちらも、御免蒙る。
──こうなったら、強硬手段だ……ッ!
掴んでいる両腕を冬人の頭上に上げ、そのままその腕を片手で押さえ付ける。
「な、っ! 嫌だッ、やめろッ!」
冬人が必死に制止しようとするのを無視して、空いた片方の手でムリヤリ冬人の顎を持ち上げた。
すると、ようやく。
「……ハハッ。真っ赤だな、冬人」
──赤面した冬人の顔が見られた。
指摘すると、冬人はさらに顔を赤くする。
「……ッ! 見るなッ!」
「イヤだね、見る」
「あなたは本当に、見下げたヘンタイだ……ッ!」
冬人は必死に目を逸らす。
押さえ付けられた両腕も顎も、身じろぎもせず、冬人は抵抗を諦めた。
色白の冬人の顔も、耳も首も……。見ていてうつってしまいそうなくらい、真っ赤に染まっている。
「こんな可愛い顔してるのに、なんで見られたくないんだよ」
「『なんで』って……ッ」
さっきの、冬人の龍介に対する反応。
あれを見て、自惚れたって仕方ない。少しくらい、期待したっていいだろう。
……むしろ、させてくれ。
俺の発言に驚いたのか、一瞬だけ冬人がこっちを見た。だがまるで弾かれたかのように、冬人はすぐさま視線を逸らす。
まるで、意識されているような。
惚れた相手のこんな態度を見て、なにも思うなって方がムリな話だ。
──可愛い。
──もっと、いじめたい。
冬人は小さく震えながらも、俺の意地悪な問いに答えようとする。
「いつもと、違うから……ッ」
「へぇ? 本当に、そんな理由でか?」
「ひ……っ」
冬人の耳朶に唇を寄せて、触れるか触れないかの距離で囁く。
耳にかかった吐息に、冬人は小さな悲鳴を上げた。
逸らされた瞳には、うっすらと涙が溜まっている。
「ちっ、ちかい……ッ」
「そうだな、近いな」
その声にはもう、拒否をしているようなニュアンスは感じられなかった。
解放しようともしなければ、離れようともしない俺の態度に、観念したのだろう。
逸らしていた目をギュッと閉じてから、冬人は蚊の鳴くような声でようやく、本心を呟いた。
「──平兵衛さん、恥ずかしい……っ」
懇願するような響きの声に、俺は冬人の顎から手を離す。
すると冬人は小さく身じろいで、瞼をうっすらと開けて、瞳を伏せた。
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