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 瞳を伏せた冬人を、俺は真っ直ぐと見つめる。  その視線には気付いているのか、冬人の顔はまだ赤いままだ。 「……腕も、離してほしい」 「そうしたらお前さん、逃げるだろ?」 「逃げないから、離して……っ」  いつもは少し強気な口調なのに、今は随分と年相応な言い方だ。  まぁ、もし冬人が逃げようとしたら、部屋の扉に足を突っ込んで閉められないようにするか。  冬人の両腕を拘束していた手を、そっと離してみる。 「……っ」  冬人は自分の右手で左手を包むようにすると、それを自分の口元に持ってきた。 「いきなり、すまなかった……っ」  くぐもった声で、冬人が謝罪の言葉を口にする。  恐らくそれは、龍介を追い出したことに対しての謝罪だろう。そう思い、俺は頭を掻きながら返事をする。 「それは、別に。龍介も強引だったし、先約は冬人だったから。……むしろ、悪いのは俺の方って言うか……」 「追い出したことも、だが……」  ゴニョゴニョと、冬人が自身の両手の下で呟く。……ヤッパリ、顔は赤いままだ。気持ちに余裕がないんだろう。  耳を澄まして、冬人の声を聴いてみる。  そうすると、冬人が本当に謝りたいことが聞こえてきた。 「──呼び捨て、した方を。すまなかった、と……っ」  ついさっき、冬人が初めて俺の名前を呼び捨てにしたことを思い出す。 『──平兵衛ッ!』  龍介を追い出したことよりも、どうやら冬人は俺を呼び捨てにしたことを気にしているようだ。 「初めて冬人が部屋に来た時、言っただろ? 俺のことは仕事の時じゃなかったら呼び捨てにしていいって」 「そう、だが……」  ため口はすぐに順応してたくせに、なんで呼び捨てはこんなに萎縮してるんだ? 冬人の基準がよく分からないな……。  冬樹がそう呼んでいたんだし、むしろ俺は冬樹になろうとした冬人ならもっと早く呼び捨てで呼ぶと思ってたくらいだ。  若干モヤモヤした気持ちで冬人の前に立ち続けていると、冬人がまた、信じられないようなことを呟いた。 「──『平兵衛』って、たくさん……あの男が、呼んでいたから……っ」  どこか、まるで拗ねたような声色。  小さい声だし、両手があるせいでくぐもってはいるが、ハッキリと聞こえてしまった。  おそらく『あの男』ってのは、龍介だよな?  龍介が俺を『平兵衛』って呼びまくっていたから……なんだって?  ……まさか。  イヤ、そんな……。だが、もしかして?  まさか……っ?  今までの反応から見ると、まるで……。 「──ヤキモチ焼いて、対抗して、勢いで呼んだ。……って、ことか?」  冬人が必要以上に申し訳なさそうにしていたのは、勢いで呼んだから。  冬人が顔を真っ赤にしていたのは、ヤキモチを焼いていたことが恥ずかしくなったからか? ……そう考えたら、過剰なまでの反応にも合点がいく。  だけど、そんな俺に都合がいいような。いわゆる【こじつけ】と言ってもいいくらいの考えが、現実として起こっているのか?  『まさか』と思い、冬人を見る。  すると──。 「──っ!」  小さく震えながら。  口元を隠したまま、顔を真っ赤にして。  ──冬人は図星を突かれたかのような顔をして、俺を見上げていた。  ……そこからはもう、感情や行動の説明をしている場合ではない。  不意を突くような形で、冬人の右腕を引っ張る。  バランスを崩しかけた冬人の体を、俺は力任せに引き寄せた。

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