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 いくら罵られようと、弁解の余地はない。  それでも、きちんと誠意は見せたい。今さらどう思われるか分からないが、それでもだ。 「殴ってくれていい! 好きなだけ!」  冬人の肩から手を離し、両手を自分の顔の位置に上げて開く。『抵抗しない』という意思表示のつもりだ。  冬人はブルブルと震えて、左手に力を籠める。 「潔いな、平兵衛。……ならば、覚悟しろ。加減はしない」 「あ、あぁ」  さっきまでの可愛らしい冬人がまるでウソだったかのように、いつもの冷徹で素っ気無い声色になっていた。  ……イヤ、冷静さはないな。怒気を感じる。しかも、敬称もない。  そんな声を聞いて、俺はギュッと目を瞑る。  いくら冬人が細いと言えど、男のパンチは痛いよな、絶対……っ。  前回のケガの件もあるし、せめて顔は外してもらいたいが……そんなことを言える立場ではない。  好きなところを遠慮なく、それでいてしっかりと殴ってもらおう。 「いくぞ」  冬人の男らしいその言葉に、俺は顔に衝撃がくることを覚悟した。  ──せめてどうか、マネージャーにどやされませんように……ッ!  そう思い、余計に瞼を強く閉じる。  ……だが。  ──ぽすんっ、と。  それはそれは軽いパンチが、お見舞いされた。 「い……たく、ない……?」  冬人の右手が、俺の胸元にある。 「ふゆ──」 「──私はッ!」  冬人が俺の服を強く握り、俯いていた。  それでも怒鳴るように大きな声で、俺の言葉を遮る。 「兄さんに命を返すために、兄さんが愛した男を──残された男を、せめて悲しませないようにと……脚を、開いた……っ」  冬人の耳が、赤い。  なのに冬人は、震えた声で続けた。 「初めは本当にそれだけで、怖いとか恥ずかしいとか……色々な気持ちを、抑え付けた。兄さんになるのなら、そんな感情は不要だからだ。……だが、日が経つにつれて徐々に、抑え付けるのが苦しくなって……っ」  俺の服を握っている手から、冬人の体の震えまで伝わってくる。  こんなに震えているのに……それでも、冬人は続けるんだ。 「今まで、ずっとずっとあの日のことを考えていた。するとなぜか、嬉しいのと悲しいのが混ざった気持ちになっていったのだ。あなたの腕にいたのは【私】だという喜びと、あなたが見ていたのは【私に映した兄さん】だという悲しみで……私は、ずっと……ッ」 「……はっ?」 「だから、つまりッ!」  冬人は、勢いよく顔を上げる。  真っ赤な顔をして、俺を見上げた。 「──さっきまでの『可愛い』という言葉は……わ、私個人への……賛辞……? で、いいのだなッ!」  不意に、頭の中がグラッとするような錯覚。  ……イヤ、頭の中だけじゃない。正直なところ、体が若干フラついた。  だって、そんな……ッ。 「……ハハッ」 「なッ! なぜ笑うッ!」 「イヤ、だってお前さんが笑わせるから……」 「私は至極真面目だッ!」  ボコボコに殴られる覚悟も。  殴るだけでは納得しないで、蹴られる覚悟とか。  なんだったら最悪、骨の髄まで嫌われる覚悟もできてたんだぞ?  なのに、なんで……。 「──怒んないのか?」  小さく笑いながら、訊いてみる。  冬人は俺の服を握っていた手の力を弱めて、少しだけ落ち着いたトーンで答えた。

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