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「本来ならば、怒るのが道理なのだろうな」
そう言って、冬人は俯く。
「だが、胸につかえていたものが消えたのも事実だ。だから、つまりは、う……っ」
「『う』? なんだよ?」
気になるところで言葉を途切れさせるから、思わず深追いしてしまう。
すると。
──バシンッ! と、痛烈な音。
「今かッ!」
不意打ちに、頬を叩かれた。
冬人はキッと俺を睨みつけて、警戒心を露わにしている。
「私の質問には答えていないのに、そちらばかり馬鹿なことを言ったり訊いたりするからだッ!」
「質問? ……って、どれのことだ?」
「だからッ! さ、さっき、の……ッ」
ボソボソと呟いて、俯き、黙ってしまう。……『さっきの』って言うとつまり?
『──さっきまでの『可愛い』という言葉は……わ、私個人への……賛辞……? で、いいのだなッ!』
そうだ。
まだウソを告白しただけで、もうひとつの肝心な方を告白していない。
そうこうしていると、冬人が突然逃げ出そうとしてしまった。
「分からないのならばもういいッ! この話は終わりだッ! 私は部屋に戻──」
「──おっと」
クルリと背を向けようとした冬人の腕を、咄嗟に掴む。なんだか、振り出しに戻ったような感覚だ。
「離せ嘘吐き! ヘンタイ! 種馬!」
「最後のはなんか違うだろ! ……じゃなくて、待ってくれ冬人!」
自分勝手なことばかりしているのは、分かっているつもりだ。
なにが【冬樹の代わりに冬人を守りたい】だ。傷付けて、振り回してばかりで……。これじゃあ、言い逃れできないほどの加害者だ。
それでも、さっき泣き出した冬人の涙の理由が。……その気持ちが【罪悪感】だったと、肯定するなにかがほしい。
「俺は、冬樹のことをそういう目で見たことはただの一度もない。それは、本当だ。貶す意味合いは一切なく、本心だ」
「……そうか」
俺に腕を掴まれたまま、だけど振り返らずに、冬人が相槌を打つ。
「俺はあの日も、それ以外のときも……お前さんだと分かっていて、抱いた」
「……っ」
「お前さんの意思じゃなかったのは、分かっている。本当に、悪いことをしたとも……思っている」
冬人は黙って、俺の言葉に耳を傾けてくれていた。
……少しだけ、自分が怯えているのが分かる。
──実際のところ、怖い。
だけど、言うと決めたのは俺自身だ。
冬人の腕を掴む手に力を入れて、息を吸い込む。
そのまま、俺は……。
「──それでも、言わせてくれ。……俺は、冬人が好きだ」
ドラマのセリフとして言うよりも、誰かに言われたときよりも。ずっとずっと緊張している自分が、なんとも情けない。
もしかしたら、むず痒いことを言っていると言いたげな顔をしているかもしれない。
それでも、俺は冬人に伝えたい。
「好きだ、冬人。お前さんが言う通り、俺は最低の強姦魔かもしれない。そんな奴に言われて『なにを』と思うかもしれないが、これが俺の本心だ。冬人には、俺の気持ちを知ってほしい」
ワガママなのは、分かっている。それでいて押し付けなのは、百も承知だ。
それでも、頭の片隅には浅ましい俺がいる。
──冬人に、受け入れてもらいたい。
そう思っている自分自身のことも、俺はちゃんと分かっていた。
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