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第13話
奥の間は九十九の為の部屋だ。
いや、九十九を隔離するための檻と言った方が正確だろうか。
一見、一般的な和風建築の離れのように見えるが其の実、壁の内部は九十九が暴れてもびくともしない様に作られている。土壁に見える中身は強化金属と分厚いコンクリート、そして呪術と呼ばれる異能の力により破壊を防いでいる。
理一は部屋に入るとカラーコンタクトを外しその辺に放った。
室内に物はほとんど置かれていない。
先代の九十九が使用していた際はここで主に生活をしておりまた、主に性的な意味での玩具とするための人間を侍らせていたため布団などの生活必需品はあったらしいが、今は何も置いていない。
理一がこの部屋でする事は一つしかないのでそれでいいのだと本人は思っていた。
将来ここで軟禁生活を送る事になってから必要な物をそろえてもらえば充分だ。
どうせ荒らしてしまうだけなのだから。
ただ一つこの部屋に置かれたもの。
それは短刀の部類であろう、短い日本刀だ。
理一はそれを手に取りゴクリと唾を飲み込んだ後、鞘から抜き出し、その切っ先を刀を持っていない方の左手につきたてた。
ただ、表情は一瞬眉をひそめただけだった。
本番はこれからだ。
一度深呼吸をするとぐっぐっと刀を手首側に引き寄せた。
カツリ、刀は手首の骨のところで止まった。
理一は手にエネルギーを集中させる。
そうしてぐりぐりと手に刺さった日本刀をひねった。
「ぐう゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。」
今までと比べモノにならない激痛が襲う。
痛みには慣れたつもりでもこの瞬間の痛みだけはいつまでたっても慣れる事は無い。
必死に痛みに耐える理一の左手からはボタボタと血液が流れ落ちる。
それは理一の体を離れる瞬間、結晶化し液体から固体に変化していく。
パラパラと落ちる宝石は九十九にのみ許された固有能力だ。
彼の血液は邪なる物を払う霊力を秘めていた。
細かいものは装飾品等のように持ち歩き、大きいものは家の中心等に置いてその土地を守る。
理一は、異常なスピードで再生をしようとする自分自身の肉体よりも早いスピードで刀で体を傷つけ続ける。
自身を傷付け続ける行為と血液を結晶化させるために送り続けるエネルギーの為、この行為はとてつもない激痛が伴う。
あたりには真珠大か玉子程度の大きさの輝石が無数に転がっていた。
理一は一旦手を止めてポツリと呟いた。
「これじゃ、駄目だ。こんなサイズじゃ……。」
理一はおもむろに短刀を手から引き抜くとそれをそのまま自分の腹につきたてた。
「があ゛―――。」
声に成らない激痛が理一を襲った。
本当であれば頸動脈あたりを切ってしまえれば、大量の血液を流す事ができるのであろうが、いかんせん首に能力を集中させる事が理一には難しかった。
理一は四つん這いになりながらただひたすら痛みに耐えた。
切った部分からはおびただしい量の血液が落ちて行きそれが結晶化していっていた。
御仁の輝石が入手困難である理由は主にこの痛みだ。
九十九自体が極端に生まれにくい上に、激痛を伴う。その上、守り石としての期限が切れるとその石は紅から黒に色を変えてしまう。
歴代の九十九の中で進んで石の製造を行った者等おらず、本当に気に入ったものの為か、交換条件に応じて作られた物しかないのだ。
絶対数が不足している状況で提供の依頼が来ても無い袖は振れない、ハズだった。
だが、理一は時々こうやって実家に帰って来ては石の製造をしていた。
あまり、大量には作れない。
理一の精神力・体力的にはもちろんだが、簡単に流出させては、今まで御仁の一族が隠し持っていたにも関わらず必要としている人達に提供しなかったと思われかねない。
後、1年と少し、理一が高校を卒業するまでは何とかそのギリギリのラインで踏ん張って欲しいと彼自身は希望していた。
高校を卒業したら、未練も何も残さずにただ、石を作る作業に没頭するからと父には言ってある。
「理一、守護石を作る事は九十九の義務ではないんだよ。」
理一の父は力強い目で理一を見ながら言った。
それは、理一も分かってはいた。
しかし、それでもいつまで力を制御し続けられるか分からない自分ができる唯一の事ではないのか。理一はそう思っていた。
答えが出ないままではあるが、白崎の追いつめられた顔を思い出し理一は腹に刺した刀に力を込めた。
脂汗をかきながらたえる、理一の瞳は赤く赤く、血の色より濃い紅色を浮かべていた。
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