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第15話《Ⅱ章》凶悪な天使⑧

 息を吐くように、先輩は…… 「好きな子がいるんだ」  ……って言った。藍色の目は驚くほど穏やかだった。 「その子を誘おうとおもってるんたけど、その前にデートの予行練習したくって。姫なら付き合ってくれるかな、って思った」  ビクビク、内心が揺れているのは俺だけ。  そうだよね。  先輩は高校バレーボール界で有名な選手だ。  先輩に憧れて声を掛ける女子は少なくないだろうな。きっと。 (当たり前だ。こんなの)  なに期待してたんだろ、俺…… (むしろラッキーと思わなきゃ)  先輩とデートする機会なんて、こんな事でもなけりゃ絶対あり得ないし。  俺はすごくついてる。  だから、ジクリときしんだ胸の痛みは気づかない振りをした。 「姫」  不意に掛けられた声にハッと息を飲む。 「顔色が悪い」 「あっ」 「手もこんなに冷たいじゃないか」  ぎゅっと両手が俺の手を握っている。  先輩の手……  ハァーハァー  握った手の上から、暖かい息を吐いてくれる。  ハァーハァー 「あのっ」 「ちょっとはあったかくなった?」 「えっと……」 「俺も試合の前、緊張で手が冷たくなるんだ。手を暖めれば自然と体も暖まってくるよ。だからこうやって……」  ハァーハァー 「俺も昔、手をあっためてもらってた」  それって……  先輩が告白しようとしている子に?  胸がドキドキ、ジクジクする。  頭が上手くまわらない。クラクラする。俺、なにやってんだ。一人で喜んで、一人で落ち込んで。今すぐ逃げたい。  こんな事、考えちゃいけないのに。  先輩は俺を心配して、手を暖めてくれている。  なのに本当、俺は嫌な奴だ。 (ひとり嫉妬して……)  先輩の恋を応援できない。  先輩の優しい気持ちの裏で、俺は考えちゃいけない事、考えている。 (ダメだ!)  先輩の気持ちが俺に向けば……なんて、そんな事。  それは、先輩の恋が実らないのを願ってるって事じゃないか。 「……あの、先輩」 「なに?」  消え入るような声で呼んだのに、先輩はちゃんと応えてくれた。 「今度の日曜日、楽しみにしています」  そう言うのが精一杯で。 「ありがとう。俺も姫とのデート楽しみだよ」  微笑む先輩にキュッと胸が締めつけられた。 (先輩の恋を応援するために、デートの相手引き受けたんだ)  そう自分に言い聞かせてる。  でも……  心の半分に、応援できない俺がいて、  先輩のこと大好きなだから。  大好きなのに。  いけない事を考えている俺が悔しくて、苦しくて。  優しい微笑を浮かべる先輩の眼差しから逃れるように、視線を伏せた。 (ごめんなさい)  心の中でしか謝る事ができない弱虫で、ごめんなさい。  先輩の手、こんなに暖かいのに。

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