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第28話《Ⅳ章》訪問者は突然に⑤
杏仁豆腐、誰かに食べられたみたい。
寮の冷蔵庫に入れとくとこれだから。
今度何かで埋め合わせするから……
先輩の雰囲気、いつも通りだけど。何かがいつもと違う。
違うのは、俺が意識しすぎているからだろうか。
「部屋戻ろうか」
正直、今の先輩と二人きりになるのは落ち着かない。
でも寮というのは厄介で、いま俺の帰る場所は先輩の帰る場所でもある。
(笹原に頼んだら、一晩くらい泊めてくれるかも知れないけど)
そんな事をしたら、先輩とはもう修復不可能になる気がする。
「姫?」
「すいません、ぼーとして」
「帰るよね」
念押しする先輩の声にぎこちなく頷いた。
足が重い。
先輩との距離、どう取ればいいだろう。近すぎず、離れすぎず……こんなの考えた事なかった。
今まで先輩が、俺にとっての心地良い距離で一緒にいてくれたから……
「どうしたの、部屋こっちだよ」
立ち止まってしまった俺は、どうにか誤魔化そうとモゾモゾとポケットを探った。
(あっ)
「あの、星野会長から頼まれて……」
「敬司が?」
(先輩は会長を名前で呼ぶんだ)
胸の奥に刺さった真綿のような痛みは、気づかない振りをする。
「大事な生徒会の書類だそうです。旧寮の」
「それ、頂戴!」
奪い取るように手から封筒をさらうと、目の前で破った。
「生徒会め」
チッと舌打ちして、先輩が飛び出す。
「姫は戻ってて」
「片付けなら俺も」
手伝います、と言いかけたけれど。
「俺一人でするからいいよ」
先輩と俺の間には壁がある。
最初に避けたのは俺だけど。
「戸締まり、ちゃんとしてね。先に寝てていいから」
先輩、遅くなるんだ。
旧寮の片付けだから仕方ない。
「俺、避けられちゃってるかな」
答えてくれる人は傍にいない。
(追いかけて行っても邪魔になるだけだ)
先輩のプライベートにも関わる事だし。
俺はきっと、いない方がいい。
行かない方がいい。
そう自分に言い聞かせる。何度も、何度も。
旧寮に走っていった先輩の影は見えない。
「あー、いたいた!」
突然の静寂を破る声に振り返る。
「ぶはっ」
何だ、何だ。
なにも見えない。視界が真っ白だ。
「これ、王子様に渡しといてくんね?」
柔らかい。
目の前を塞いでいるのは服だ。それも真っ白の。
「脱衣所にこんなん置きっぱされたら、シャワーが使えねーよ」
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