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第36話《Ⅳ章》訪問者は突然に13

「俺を騙していたんですか」  伝えたい言葉は、これじゃない。  もっと違う言葉。  でも、その言葉がどこにあるのか。見つけられない。  責めたいんじゃない。  言いたい事は、山程ある。けれど、先輩を責めたいんじゃない。  こんな言葉を言いたかったわけじゃないのに。  俺は先輩に酷い事を言った。 「お行き。お主には確かめなければならない事が残っているだろう」  そうだ。  もう一人の先輩。  彼は誰なのか。  旧寮の人影。 (その正体を) 「後で話をしよう」  いつもの声に強く頷いた。 「はい」  透き通った声が胸に突き刺さる。  けれど嫌な気持ちじゃない。  だから聞けたんだ。 「先輩は『狐は化かすものだ』って言ったけど、俺は先輩に化かされていますか」  水の底に藍色を帯びた瞳が揺らめいた。 「わっ」  暖かいを通り越して熱い。  トクトクと。  こだまする鳴動が打ち寄せる。  心臓の音は本物で、本物だから俺の心臓もドキドキ左胸を打ち付ける。 「化かしたい」  すっぽり、俺の体は真っ白い装束の中に包まれて。  厚い胸板に頬を押し付けられる。  屈強な腕が離さない。 「そう思っている」  吐息の声が髪を撫でた。 「これは願いだな」  熱くて、熱くてドキドキする。  俺を抱きしめているのは先輩なのに、衣擦れの音が鼓膜を弾いて、衣に焚きしめられた香が鼻孔をくすぐって。 「神様が願っては変か」 「いえ。変じゃありません。でも、その願いを叶えてあげられるかは分かりません」 「そうだな」  ぽんっ  両腕を叩いてくれた。 「行ってらっしゃい」 「はい、行ってきます」  神様に会釈して駆け出した。 (『話をしよう』って言ってくれた)  今は終着点じゃない。まだ途中だ。 (進まなきゃ)  前へ。  旧寮の部屋の扉は、想像以上に重厚なこしらえだった。  巳六段学園高校、設立当初からの建物だ。  元々講堂として建てられた建物を男子寮に改装した。改装の際にこれまで校舎で使っていた資材も使ったそうで、部屋のドアも生徒が暮らす寮とは思えない風格がある。  趣き深い建物だけど、今は見とれている暇はない。  この中にいるのは……  部屋の明かりが一つだけ灯っている。  外から、ゆらゆらと。カーテン越しにすりガラスの窓から見えた。  彼は誰?  カチャリ  扉は簡単に開いた。鍵は掛かっていない。吸い込まれるように中に誘われた。  薄明かりが灯っている。  誰もいないのだろうか……

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