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第46話《Ⅵ章》果実は苦い②
「ごめん、でも」
影が覆い被さる。
「俺は姫に酷い事をした。でも」
両腕が俺を包む。
「今だけ、俺の言う事を聞きてくれ。今だけでいいから」
体が密着する。大きな作業デスクの下だ。先輩の腕に引き摺り込まれて、高校生二人、デスクの下に身をかがめている。
ドキンドキンッ
こんな時でも鼓動は跳ね上がるんだ。
「先輩」
「しっ、声を立てないで」
そっと人差し指で俺の唇を押さえた先輩の顔に緊張が走った。
「ドアの外に誰かいる」
「それは」
お狐様かも知れない。先輩と同じ顔をした……
心配して探しに来てくれたのかも。
「静かに。気配がする」
けれど先輩の声は小さな物音も許さない。
人差し指がぎゅうっと、更に強く唇を押さえた。
「四、五人いる。靴音が聞こえるだろう」
「あっ」
扉の向こう、カツカツ、カツンとせわしなく硬質の靴が鳴っている。
「もしも中に入ってきたら俺が引き付ける。姫は、部屋から誰もいなくなったのを確かめて逃げて」
「でも、それじゃ」
先輩はどうなるの?
言葉は最後まで伝えられなかった。
ガチャンッ
扉が乱暴に蹴破られた。
「姫、約束だよ」
ガタンッ
派手な音を立てて立ち上がった先輩に、一斉に視線が集まる。
「いたぞ」
「あそこだ」
開いたドアに向かって先輩が走る。
靴音が取り囲む、靴音が走る。
ダカダカダカダカ
靴音が遠ざかっていく。
廊下へ。先輩が引き付けて逃げて行ったんだ。俺から男達を遠ざけるために。
先輩の靴音も、男達の喧騒も消えていく。遠く、遠くに。
(俺は……)
なんで、ここにいるんだろう。
なんて事をしてしまったんだろう。
先輩と一緒に行くべきじゃなかったのか。
先輩一人を危険にして。
身を危険に晒して、先輩は俺を守ってくれた。
己が身を顧みず守ってくれた人に『嫌い』と言ってしまった……
ごめんなさい。
謝罪の言葉はもう届かない。
机の下で縮こまってるしかできない弱虫を、先輩は助けてくれた。
一人にしちゃいけなかったんだ。
何もできないかも知れないけど、二人だったら何かできたかも知れない。
(今からでも)
先輩を助けに行けば。
まだ間に合うかも知れない。一人じゃ何もできなくても、二人なら。
だけど先輩が捕まってたら。
うぅん、そんな事考えちゃダメだ。俺が先輩を助けるんだ。
大切な人だから……
大切に想うから……
あなたの手を離しちゃいけなかった。
あなたの暖かい手
あなたの優しい気持ちを
もう一度、つかめるなら……
(行かなくちゃ!)
部屋に誰もいなくなったら逃げろと言われたけど、逃げないよ。
ごめんなさいって伝えたい。
嫌いじゃないって伝えたい。
大好きな先輩に、大好きって伝えたい。
あなたにもう一度、会いたいです。
ガタンッ
「おい。そこに誰かいるのか」
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