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第47話《Ⅵ章》果実は苦い③
机の下から立ち上がった直後だった。
(そんなっ)
誰もいないと思っていたのに。
見張りが一人残っていた。
「返事をしろ」
机の下に再び身を潜めるが遅い。
カツン、カツン
靴音が近づいてくる。見つかるのは時間の問題だ。
相手は一人、一人なら……無理だ。大人相手に太刀打ちできない。だが、このままでは捕まってしまう。捕まったら先輩を助けられない。
嫌いって言ったまま、先輩に会えない。
イチかバチかだ。
「お前ッ」
ダッダッダッダッ
ドアまであと少し。先輩みたいに、この部屋から脱出すれば何とかなる。一人だけだ。振り切りさえすれば。
走れ。
2メートル
あと1メートル
ガチャン
ドアノブを掴んだ。
逃げられる。先輩に会いに行ける。
(なにこれッ)
重い。旧寮は創立当初の講堂を移築した建物だ。内装も当時使われていた物をリノベーションしている。
建て付けが悪くなってるのか。こんな時に。
「開いて!」
早く!
カチャリ
扉が開いた……刹那。
ガシイッ
掴まれた左腕が問答無用の力に引き摺り込まれる。
抗えない。引っ張られる。体が無理矢理、背後に。
ドアノブから手が離れた。
届かない。手を伸ばしても、どんなにどんなに伸ばしても。
扉の向こうに届かない。
ここまで来て捕まるなんて。
(まだだ)
振り向き様、肘を当てて怯んだ隙に。
「ぁうっ」
不意に鼻孔を付いた薬品の臭い。
ハンカチが口と鼻に押し付けられる。呼吸が止まる。酸素を求めれば求めるほど、薬を吸い込んでしまう。
意識が白く霞んでいく。
(先輩……)
声を出す事もできない。
白い闇に落ちていく。
……『大丈夫だよ』
朦朧とする意識の果てで最後に聞こえた声は……
お狐様。
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