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第48話《Ⅶ章》恋路を走る
薄暗い。
どこかカビ臭い。
先輩の部屋はきれいに整頓されていたけど、ここは違うようだ。
だんだん慣れてきた目が周囲を映す。
倉庫……だろうか。
「うっ」
考えようとするけれど頭がガンガンする。
そうだ……
気を失う前に嗅がされた、あの薬品のせいだ。
「目覚めたようだな」
暗がりから声がした。聞き覚えがある。
部屋にいた見張りの男だ。この男が俺をここに運んだのか。
「先輩は?大佐和先輩は無事なのかッ……ゥワっ」
「暴れるなよ。手足を拘束している。薬もまだ完全に切れていないだろう」
「クソっ」
無様にも埃臭い床に顔から倒れて突っ伏してしまう。
「俺を人質にしたって無駄だぞ。先輩は俺の事なんか何とも思ってないからな」
『嫌い』……って言ったから当然だ。
「あっちはあっちで上手くやってるさ。お前は……」
カツン、カツン
冷えた靴音が近づいてくる。
「大事な上納品だ。顔に傷付けるなよ」
グイッと顎を持ち上げられた。体は床に横たえられたまま。
(普通じゃない)
全身を黒スーツに身を包んだこの男の素性は。
俺の予想は、たぶん当たっている。
(黒服の男達はカタギじゃない)
先輩はきっと何かトラブルに巻き込まれたんだ。捕まらないでくれ、と今はただ先輩の無事を祈るばかりだけど。
捕まってしまった俺には先輩の身の安全を願う事しかできない。
……待って。
(捕まったから、できる事があるんじゃないか?)
黒服の男は俺を『上納品』だと言った。
組長か兄貴分に俺を献上するつもりだ。
これは絶好の交渉の機会じゃないか。
「おい」
相手は非合法組織の構成員だ。声が裏返らないよう腹に力を入れる。
「お前達のボスに伝えろ」
精一杯、虚勢を張った。怖い。でも。
(先輩のためだ)
「俺がボスのものになったら、先輩に手を出さないと約束しろ」
先輩は俺のために危険と分かっていて、自ら危険に飛び込んだ。
だったら、俺も。
やらなくちゃ。先輩を守るために。
(先輩を守りたいから)
自分の意志で選ぶ選択肢だ。
こうすれば、あなたを守れる。
(先輩、無事でいて下さい)
そして、どうか……
幸せになって下さい。
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