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第53話《Ⅷ章》無敵の王子様⑤
「姫、俺は……」
もう分かってる。言葉の続き。結末。
俺は気づいている。
先輩は会長が好きで、会長も先輩が好き。
二人は両想いなんだ。
気づいてないのは当本人達だけで。
俺は知ってるから。
大好きな、とてもとても大好きな先輩だから、先輩の恋を応援しなくちゃ。
うぅん、応援したい。
先輩は俺にたくさん幸せな気持ちを与えてくれたから、先輩にも幸せになってほしい。
切に願う。
幸せになって下さい。
今度は俺が先輩に幸せを与える番。
先輩にいっぱい幸せになってもらわなきゃ。
「姫?」
なのに、どうして。
「姫……」
「なんでだろ」
涙が溢れてくるのは、なぜだろう……
「ごめんなさい」
先輩、泣いてごめんなさい。
「聞かせて下さい」
覚悟はできてる。
先輩の恋を応援するよ。
だから、先輩の言葉で聞かせて。
その時だ。
「姫!」
「まだだァッ」
ヒュンッ
ヒュンッ
返す手が空気を裂いた。鼓膜が震える。
パァァンッ
奪われたモップの柄が床に打ち付けられた。
俺を抱き寄せた先輩が横っ飛びに跳ぶ。
「姫、走れる?」
「はい!」
先輩の手をぎゅっと握る。出口は目の前だ。
「逃がすか」
背後から黒服の投げたモップがカランカランと甲高い音を立てて床に転がる。
「ツッ」
モップに足を取られた。派手に転んでしまう。埃臭い床の湿気を吸い込んで咳き込んでしまう。
「姫立って」
俺を先輩が抱き起こすけど。
「先行って下さい」
足、痛い。
走れない。このままじゃ足手まといになる。
あいつは俺を『上納品』だと言ったから、捕まってもたぶん俺を傷つけない。ここにいて危険なのは先輩だ。早く逃さないと。
「ダメだよ!」
突然の声が鼓動をぎゅっと鷲掴んだ。
「姫も一緒だよ」
「でも」
「でもじゃない。大切なものは離さない」
何度、俺は先輩に救われたんだろう。
「はい」
俺も先輩が大好きだから。大切だから。
大切なものは離しちゃいけないんだ。
「行こう」
不意に扉がバァンと開いた。
「急げ!退路は確保した」
白の着物が舞った。目の前に現れたのは、先輩と同じ顔のお狐様。
「驚くのは後だよ」
先輩、動じてない。先輩に引っ張られて、足を引き摺りながら走る。
後ろから足音が追ってくる。
早く、もっと早く走るんだ。
「そこまでだ」
不意に。
追う靴音が止まった。
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