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仕事
その日も彼は俺とずっと一緒にいてくれた。
起きて直ぐに朝食を準備してくれて、一緒に食べる。
その後、俺はシャワーを浴びて彼の用意してくれた服を着た。
白いシャツにジーパンとラフな服だ。
「今日は、散歩しようよ」
昨日はスーパーまでの道のりは歩いたが、まだ近辺の地理は分からない。
「うん、そうだね」
記憶が戻る感じは無かったが、これからここで生活するのなら大事なことだ。
「ほら・・周りの景色を見れば、なにか思い出すかもしれないでしょ?」
そう言って、藤堂は少し悲しそうな顔をした。
・
「なあ・・尊・・」
「うん?」
マンションの周りを歩き、途中で公園を見つけて、そこに置いてあるベンチに座った
平日の昼間だからだろう。公園に遊んでいる子供はいなかった。
空を見上げると雲一つない青い空が広がっている。
「仕事・・行かなくていいの?」
朝、食事をしながらテレビを見ていたら今日は月曜日だとニュースキャスターが言っていた。
「ああ・・まあ・・今日は有給取った」
「・・俺の為に・・だよな・・」
「だって、まだ一人にはしたくないんだ」
そう言って、俺の膝に手を乗せた。
その手を見ながら言った。
「・・明日は仕事行きなよ。俺は大丈夫だから」
自分のこと以外は覚えているのだから、一人でも大丈夫だと思う。
「でも・・准君の知らない人が家に来たらさ・・困るでしょ?」
「ううん・・じゃあ、居留守使うよ」
笑いながら言うと、目を見開き驚いた顔になり
「そっか!・・そうだね・・ハハ」
戸惑ったように笑った。
それから、公園を一周してマンションの周りを一時間程歩いた。
だが、何か思い出せそうな事は何もなかった。
がっかりする俺に
「まあ、時間はあるんだし・・焦らず行こうね」
そう言って背中を軽く叩いた。
「・・ああ・・」
焦っても仕方ないとは思う
でも、自分の事なのに何も思い出せない自分が歯がゆかった。
・
翌日、朝起きるベッドに藤堂の姿はなかった。
フラフラとリビングに行くと、彼は仕事に行くために支度をしていた。
「おはよう!相変わらず、朝起きるの苦手だね」
「・・そうなの?」
確かに、なかなかベッドから起き上がれなかった。
「ほんと、朝だけは弱かったんだよー」
笑いながら言う藤堂は、ネクタイをキャッと締め上げた。
「尊、スーツ似合うね」
「え?」
ワイシャツにネクタイを締めている藤堂は昨日のラフな服を着た彼とは全然イメージが違って見えた。
「って言うか、准君の方がスーツは似合うよ」
ニコッと目尻に皺を寄せて笑った。
「俺もスーツを着ていたんだな」
「そりゃ、そうだよ!弁護士さんなんだから!」
そう言えば、クローゼットにスーツが何着か掛かっていた。
「よし、じゃ行くからさ・・変な人来てもドア開けちゃダメだからね」
そう言って俺の頭を撫でてきた
「ちょっと!子供じゃないんだから」
苦笑しながら、その手を掴んだ。
「心配なんだよ・・直ぐ帰ってくるからね」
俺の手を握り返しながら
「ああ・・いってらっしゃい」
最後まで眉を寄せ不安そうな顔で仕事に行った。
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