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「・・よくある話ですよ・・」 唇のを噛んだのも一瞬で、その顔に諦めのような笑みを浮かべた。 「私を採用してくれた先輩の弁護士が、私に好意を寄せていた・・そんなくだらない理由で私は辞めました」 ふんっと小さく鼻で息を吐いた。 「・・・・・」 俺はかけてやる言葉が思い浮かばず黙ってしまった。 何も言わない俺に君は、肩を落とし 「・・・まあ・・よくある話ですから・・」 眉を顰め自嘲しているかのような笑みで言った。 よくある話・・なのだろうか。 彼に好意を寄せる人は多いし、その容姿なら今まで何度もそんな事があったのだろう。 その時、直ぐには分からなかった。だが、後から考えて、もしかしてと思った。 彼は言わなかったんだ。 相手が、女なのか男なのかを。 それから、その話に触れることはなかった。 仕事以外での付き合いは殆ど無く、プライベートの彼がどういう感じなのか分からなかった。 だが、ある日、珍しく准が俺を誘ってきた事があった。 「江角さん・・会わせたいと言うか、江角さんに会いたいと言っている友人がいるんです」 「うん?俺に?」 准が友人を紹介したいのではなく、その友人が俺に会わせろと言ってきたことに違和感を感じた。 会社の上司を紹介しろと言うことだろうか? その友人は弁護士なのか? 「・・私の大学からの友人なんです・・私が新しい事務所に就職したと言ったら・・その、会いたいと言われまして・・」 気まずそうに視線を泳がしながら言った。 「俺に?なんで?」 何やら事情がありそうな気がした。 「・・その・・前の事務所の事を知っているので、心配なようでして・・」 そう言って、申し訳なさそうに俯いた 「ああ・・そういう事か・・」 俺が変なことしないか見極めたいという事だろう。それならば、理解はできる。 (そうか、相談できる友人がいたんだな) ホッとしているかのような自分がいた。 「・・良いですか?」 「良いよ。俺も会ってみたい」 人との繋がりを拒む彼が心を許す友人に興味が湧いた。 俺が了承すると、ホッとしたように表情を和らげた。 そして・・俺は彼に会った。 藤堂尊と言う男に。 彼と待ち合わせたのは、駅の近くにあるカクテルバーだった 店の前を何度か通ったことはあるが、店に入るのは初めてだった。 「江角さん、今日は日本酒は飲めないですけど、良いですか?」 「大丈夫・・良い店だね」 薄暗い店内はキャンドルの光で照らされていた。 客層を見ると、若い人が多いように感じる。店の奥にはダーツも設置してあり、若者が酒を片手にダーツをしていた。 「昔彼がこの店でバーテンダーをしていたんですよ」 そう言って、懐かしそうに目を細目た。 「へえ・・バーテンダーか・・」 弁護士かもしれないと思っていたので予想は外れてしまった。店内を見渡すとカウンターの中では、男が手際よくシェイカーに酒を入れ、カシャカシャと顔の横で振っている。 (チャラい男なのかな) 准とは不釣り合いなのではと思っていると 「あ・・いた!」 声をあげて手を上げた。彼の向く方を見た。 「藤堂さん!」 「・・・・」 仕事では聞かない声だった。その声色に喜びを感じる。 彼の視線の先を目で追うと 「准君!」 そこに現れたのは、ワイシャツにネクタイ姿の長身の男だった。 チャラそうな男を想像していたので、普通の人が来て驚いた。 「江角さん、行きましょう」 そう言って俺の方を見た彼は、本当に嬉しそうな顔をしていた。 それは、出合ってから初めて見る本当の笑顔だった。

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