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診察

「あの・・何か検査をするんですか?」 これから何が始まるのか不安だった。 椅子に座ったが、何だか落ち着かなくて辺りを見回す。 「検査?」 カルテを見ながら首をかしげた。 「ほら・・絵なんかを見せて、何に見えますか‥とか…」 テレビで見たことのある光景を言うと 「ああ・・そういうのは、やらないよ」 そう言ってアハハと笑った。 (じゃあ・・何をするのだろうか) 「あの・・記憶を戻すために催眠かけたりですか?」 「うは!面白いな~」 目を丸くすると、肩を揺らして笑った。 「・・・・・」 この人・・本当に医者なのか? 笑われたことに、少しムッとした。 「ああ・・そんな変な目で見ないで・・いや、催眠ってのがツボった」 目尻を押さえながら、まだ笑っている。 笑う度に眉が下がっているのが気になった。 「先生・・真面目にしてください」 さっき、俺を呼んだ年配の看護婦がお茶を持ってきた。 「ああ、三藤さん・・すみません」 三藤さんと呼ばれた看護婦は先生と俺の前にお茶の入った湯飲みを置くと、俺のほうを見て 「あまり緊張しないでね」 ニコッと微笑み奥の方に戻っていった。 「さてと、では雨宮さん記憶は何か思い出せそうですか?」 カルテをテーブルに置いて俺を見た。 「あ・・いえ・・」 小さく首を降る。 「そうですか・・催眠治療もある事はありますけどね・・でも、まずは私とお話しましょう」 「え?」 催眠治療があるんじゃないか! 顔をあげ、改めて先生を見た。それをすれば記憶も一気に甦るのでは・・ 「でも、無理に記憶を戻そうとするとね・・逆効果になる時もあるんですよ」 眉を下げながら言うとお茶をズズっと吸った 「雨宮さん、焦らない事が一番大事です・・が、焦りや、不安を忘れることはできないでしょう」 「・・はい・・」 このまま記憶が戻らなかったら、この先の俺の人生はどうなってしまうのか 漠然とした不安をいつも感じている。 「不安になったり、どうしようもなくなったら、ここに来てください・・人に話すだけで解消できることもあるんですよ」 勿論、ここで話した事は、他に漏れることはありませんと付け加え、笑みを浮かべた。 「一人で悩まない事・・それが大事なんですよ」 「・・はい」 何気ない言葉だったが、その言葉に緊張が一気にほぐれた。 それから、先生と目が覚めてからの話をした 「弁護士です!凄いですね」 俺の職業に目を丸くして驚いていた。 「そうですよね・・なんか信じられないんですけど」 「でも記憶が無くても弁護士の知識は覚えているんですよね?」 「はい・・不思議と・・」 「ハハ・・確かに不思議ですね」 そう言って、眉を下げて笑った。 彼は笑うと眉が八の字に下がるようだ。相変わらず白い歯が目立つ。 先生につられて俺も笑った。 目覚めてから、こんな風に自然に笑えたのは初めてだ。 (この人は、記憶を失う前の俺を知らない) そう思うと、気が楽になった。 昔を思い出さなくてもいい 今の俺を見てくれている 「では・・今日はこれで終わりにしましょうか・・」 言われて時計を見ると一時間以上過ぎていた。 「もう、こんな時間なんですね・・」 「楽しくて時間忘れちゃいましたね」 そう言って、先生は声をあげて笑った。

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